講演a-1: GRB jet からのGeV-TeVニュートリノ放射
講演者名: 仲間 可南子、所属: 東北大学、学年: M2
宇宙で最も“明るい”爆発現象 ガンマ線バースト( GRB )の中心エンジンは、大質量星の重力崩壊や連星中性子星合体に付随して生まれるブラックホール降着円盤であると考えられている。ブラックホールの回転エネルギーを源に、超高温の火の玉が形成され、加速膨張して相対論的ジェットとなり、エネルギー散逸に付随してガンマ線を放射する。GRBの初期条件となる相対論的火の玉の形成・加速過程は光球面の内側で起こり、電磁波では直接観測することができないため未解明である。
火の玉はブラックホール近傍の高密度物質から生じるため、陽子とほぼ等量の中性子が注入される。陽子-中性子間の光球面内部での非弾性衝突により、GeV-TeVニュートリノが発生する(Bahcall &Meszaros 2000)。このニュートリノはいつ、どこで、どのくらいのバリオン(陽子/中性子)が火の玉に注入され、どのように加速膨張したのかを伝える。
一般に、高エネルギーニュートリノ観測において検出される信号は背景成分が支配的である。大気圏外からの信号を探査・抽出する際には信号のニュートリノスペクトラムの理論テンプレートが必要となる。現在、IceCube collaborationがGRBジェット光球面内部からのGeV-TeVニュートリノ探査に用いている理論テンプレートは、火の玉の形成・加速過程におけるダイナミクス・磁場の効果を考えておらず、現状の解析ではGRB火の玉の情報を最大限引き出せない。
本研究では、GRBの中心エンジンの時間変動を考慮したニュートリノ理論予測を行った。電磁波の光度曲線から、中心エンジンは重力半径 / c 程度の時間スケールで時間変動することが示唆される。本研究では、中心エンジンの揺らぎを反映した流体要素同士の衝突の際に起こる陽子-中性子非弾性衝突を考えた。そこから得られるニュートリノ理論予測と観測値を比較し、中心エンジンの中性子の量に加えて新たに中心エンジンの時間変動の情報も引き出した。
講演a-2: 連星中性子星合体におけるジェットの伝播とシミュレーションの空間精度依存性
講演者名: 木戸 大三郎、所属: 東京大学、学年: M1
天体ジェットはAGN, 超新星爆発などの際に幅広く見られる高エネルギー天体現象である。GW170817の観測によって連星中性子星合体(BNS merger)の際に発されるejecta中をジェットが伝播することが示唆されている。この場合、コラプサーにおけるジェットと異なり、ejectaが相対論的速度(~0.4c)で広がり、ejectaの密度勾配も通常のコラプサーの場合に比べて急峻なプロファイル(~ r^{-3.5})を持っているため、ジェットの伝播、ブレイクアウトの条件は大きく異なる。この解析のために数値シミュレーションが用いられることがあるが、2次元軸対称シミュレーションではjet plugと呼ばれる問題が知られている。[1] ジェットの先端付近に物質がたまり、密度が高くなってしまうことから、ジェットの形状のみならずジェットの伝播速度が遅くなり、ブレイクアウトまでの時間が変わってしまうため、多くのシミュレーションでは3次元のデカルト座標を用いて行われる。[2] 2次元格子と3次元格子で大きく計算時間、コストが異なるため、 jet plugの起こる条件を解明し、起こらないような2次元シミュレーションの妥当性が確認できれば、より高精度の計算によってBNS mergerにおけるジェットの役割、起源解明につながると期待される。そこで本研究ではこのplugが数値シミュレーション特有の人工的な効果であるか、あるいは系に内在する物理的な効果であるかをジェット先端の曲率、不安定性について議論し、格子の空間精度に依存していることがわかった。また、2次元、3次元のシミュレーションについて他のパラメータ、さらに座標系の取り方をさまざまに変えて比較し、plugの存在する条件について検討する。
1. Mizuta A., Ioka K., 2013, ApJ, 777, 17
2. Gottlieb, O., Nakar, E., & Bromberg, O. 2021, MNRAS, 500, 3511
講演a-3: べき型磁場におけるガンマ線バーストのシンクロトロン放射
講演者名: 岡山 璃紗、所属: 埼玉大学、学年: M1
ガンマ線バーストは、ビッグバン以降、宇宙最大の爆発現象である。その放射機構は明らかになっていないが、標準的なモデルにおいて、放射スペクトルの大部分はシンクロトロン放射等の非熱的放射で記述される。そのスペクトル形状は2つのべき関数をつないだBand関数で再現され(Band et al. 1993)、これを説明するために、ガンマ線バーストの磁場が衝撃波面からの距離とともに小さくなるモデルが考えられている (Zhao et al.2014)。一方、観測からは、勝倉 (2020) において、減光過程のスペクトル変動にエネルギー依存があり、単一領域からのシンクロトロン放射では説明がつかないことが示唆されている。本研究では、磁場の空間変化を想定したシンクロトロン放射シミュレーションを行い、Band 関数や観測された減光時のスペクトル変動を再現できるか検証した。シミュレーションでは、空間に対してべき型に分布する磁場中で、べき型のエネルギー分布を持つ電子群によるスペクトルを計算した。また、放射冷却によって時間が経つと電子の最高エネルギーが小さくなるという条件を加え、減光過程におけるスペクトル変動を調べた。その結果、磁場の空間変化によって、観測されたようなBand関数型のスペクトル形状や、減光時定数のエネルギー依存性を定性的に示すことができた。
講演a-4: 衝撃波の形状と偏光
講演者名: 本庄 亮雅、所属: 東京大学、学年: M1
GRBやキロノバなどの爆発現象は近年、幾何学的形状の時間発展など、さまざまに研究されている。一方で、これらの現象は宇宙創成初期に多発しており、遠方の銀河においてよく観測されるため、観測により形状の全体像を調べることは難しい。そこで、観測データから理論を検証するため、偏光の計算を行った。
爆発に伴って生じた衝撃波は周囲の物質を電離させる。この時発生した電子は、天体からの可視光線を散乱させ(Thomson散乱)、偏光が生じる。特に、その偏光度は衝撃波のサイズや幾何学的な形状に依存するため、Stokes Parametersを計算して偏光度を理論的に計算することで、観測結果と衝撃波伝搬の理論を比較し、理論の整合性を検証することができる。私は今回、GRBなどのジェットに応用することを念頭にして計算を行った。GRBを引き起こす要因の一つにNSMが知られているが、合体後の天体は球ではなく楕円形になっていると期待されるため、天体中心で生じた衝撃波が球対称に広がっていくと仮定すれば、2つの球対称衝撃波が伝搬していく描像が期待できる。今回、爆発直後から爆発無限時間後までの偏光度の変化を、連続な関数として導出した。
講演a-5: X線フラッシュ XRF080330の残光の理論的解釈
講演者名: 須藤 洋平、所属: 青山学院大学、学年: M1
X線フラッシュ(X-Ray flash : XRF)は、ガンマ線バーストと呼ばれる現象とよく似た現象である。ガンマ線バースト(Gamma Ray Burst : GRB)とは、1日に数回の頻度で天球面上の一点から数百 keV 程度のガンマ線が0.1秒から100秒程度の間に観測される天体現象で(即時放射)、GRB発生後には数日から数ヶ月、時には数年にわたりX線や可視光、電波、GeV-TeVのガンマ線などの周波数帯域の「残光」と呼ばれる電磁波放射が観測される。一方、X線フラッシュ(X-Ray flash : XRF)は、典型的なGRBと比較して即時放射の観測される光子の典型的なエネルギーが低く、即時放射においてガンマ線よりむしろX線が主に観測される現象であるが、スペクトル以外の性質は典型的なGRBと類似している。XRFについて、単なる通常のガンマ線バーストの変種なのか、それとも別の起源をもっているのかなどは未だ未解明である。
本研究では、XRF 080330 というイベントに着目した。XRF 080330は即時放射のガンマ線のエネルギーが典型的なGRBと比べて少なく、XRFに分類されている。通常、GRBやXRFの残光をジェットの正面から観測した場合、波長ごとに光度曲線の特徴が変わると考えられているが、このイベントは残光の可視光の光度曲線は波長に依存していないという特徴を持つ。相対論的ビーミング効果により光子はジェットの運動方向に集中するため、ジェットの進む方向に対して斜めの方向からGRBを観測した場合ジェットの減速に伴い、ビーミング効果で光子が集中する方向が広がっていくと共に観測できるようになり、そして増光する。そのため可視光残光の明るくなる時刻が波長によらなくなると考えられる。そこで、本研究ではXRF 080330を典型的なGRBをジェットの斜め方向から見たものとして説明できるか試み、観測結果に一致するような物理量を調べた。
講演a-6: Heavy Element Features in Kilonova Infrared Spectra
講演者名: Rahmouni Salma、所属: 東北大学、学年: M1
The observation of the kilonova AT2017gfo and investigations of its spectra confirmed that neutron star mergers are sites of r-process nucleosynthesis. However, the identification of elements responsible for the near-infrared spectral features proved to be challenging. Moreover, with the lack of mid-infrared kilonova observations, spectral investigation in the mid-infrared range is yet to be conducted. Therefore, it is necessary to find candidate elements able to explain the spectral features of kilonovae in the infrared range. In this study, we systematically calculated all possible infrared transitions of heavy elements using their energy levels. Our analysis reveals that most of the candidate elements with strong infrared lines are lanthanides. This is due to their valence f-shell electron structure leading to many low-lying energy levels, which results in strong transitions in the near to mid-infrared range. Domoto et al, (2022, ApJ 939, 8) have shown that La III and Ce III can explain the absorption features at λ ∼ 12000 − 14000Å. While our results confirm that these two elements show the strongest infrared features, we identify Gd III as the most promising among the remaining candidate elements. By performing radiative transfer simulations, we find that although its lines are not strong enough to show important features on the spectrum, Gd III can still be considered a candidate for the λ ∼ 13000Å feature. We conclude that while La III and Ce III are the only candidate elements capable of producing prominent features in the near-infrared, Gd III effect on the spectrum should not be ignored.
講演a-7: 超新星スペクトルにおけるヘリウム吸収線のNon-LTE計算
講演者名: 千葉 公哉、所属: 東北大学、学年: M1
太陽の約8倍以上の質量をもつ大質量星は、その最期に重力崩壊型超新星爆発と呼ばれる大爆発を起こすと考えられている。これまでに理論と観測の両面で様々な研究がなされてきたが、その爆発メカニズムには未だ不明なことが多い。しかしながら、近年の爆発シミュレーションによって、爆発には流体不安定性の成長が重要な役割を担うことが分かってきた。実際の爆発時に流体不安定性の成長が本当に起こっているかどうかは、爆発の際に合成されるニッケル56の空間分布を観測的に捉えることによって検証することができる。
本研究では、ニッケル56の空間分布を探る手段として、超新星の初期スペクトルに現れることがある中性ヘリウムの吸収線に着目した。観測されているヘリウム吸収線の強度を再現するためには、非熱的電子によって中性ヘリウムが励起される効果を考えなければならない(Lucy 1991, ApJ, 383, 308)。非熱的電子はニッケル56の放射性崩壊由来のガンマ線によって生成されるので、ヘリウム吸収線の強度はニッケル56の空間分布のトレーサーとなることが考えられる。
そこで、ヘリウム吸収線からニッケル56の情報を引き出す手がかりを掴むために、Ib型超新星の初期スペクトルにおいて可視光域に現れるヘリウム吸収線の本数を数え、その時間変化を調べた。その結果を光度曲線と照らし合わせることによって、ヘリウム吸収線の本数が超新星のパラメータからどのような影響を受けるのかについて考察した。
また、より定量的な考察を行うべく、非熱的電子による効果を考慮したヘリウムの反応速度方程式を解くコードを開発し、ヘリウム吸収線のNon-LTE計算を行った。計算時に入力する超新星のパラメータを変化させることで、ヘリウムの励起状態・電離状態や吸収線強度にどのような違いが生じるかを調べた。本講演では、爆発からの時間やニッケル56の合成量・空間分布がヘリウム吸収線の強度に与える影響について議論する。
講演a-8: Ia型超新星爆発モデルの輝線形状計算とその非対称性
講演者名: 瀧藤 晴、所属: 京都大学、学年: M1
超新星爆発とは星が一生の最後に起こす大爆発現象である。そのうちIa型超新星爆発に分類されるものは主に白色矮星を含む連星系の爆発現象と考えられている。爆発モデルとして巨星から物質が降着するものや白色矮星(WD)同士の合体によるものなどが提唱されているが、すべての超新星爆発を説明するには至っていない。例えばWD―巨星連星に関するモデルについては爆発後の画像から巨星が見つかることは稀である。またWD同士の連星に関するモデルにおいてもチャンドラセカール質量より重たい合計質量が必要になり、このような系が存在する確率は低い。[1]そこで、チャンドラセカール質量より軽いWD連星系で爆発に至ることのできるD6モデルという爆発モデルに注目した。D6モデルとは、伴星のWDから主星のWDへ降着したHeの圧縮に注目した爆発モデルである。主星表面で生じた爆発が内部に潜り込むことで再び強い爆発が引き起こされる。このモデルにより放たれた物質は非対称な分布をすることが知られており、iPTF14atgなどいくつかの超新星爆発を説明できると期待されている。[1]しかし、D6モデルについての先行研究では輝線形状について触れられておらず、実際の天体を分光して得るデータと照らし合わせることが困難である。
本研究では、D6モデルによる爆発の輝線形状がどのような形をしているのか調べることを目的として解析を行った。あらかじめ計算された速度や放射エネルギー分布、化学組成のデータを用いてメッシュごとの視線速度を計算することで輝線形状を得た。計算の結果、D6モデルは視線方向によって輝線形状が大きく変わることがわかった。
上記のことを報告するとともに、iPTF14atgのような候補天体から観測された輝線や光度曲線との比較を通したモデルの妥当性の検証など今後の展望について報告する。
[1] Tanikawa A., Nomoto K., Nakasato N., Maeda K., 2019, ApJ, 885, 103
講演a-9: 密度が一様なCSMとの相互作用により輝く超新星の光度曲線
講演者名: 千葉 遼太郎、所属: 総合研究大学院大学、学年: M1
一部の超新星は、エジェクタと星周物質(CSM)の間の相互作用によって輝く。相互作用により輝く超新星の、爆発直後からの光度上昇時間(rise time)は、典型的には数十日程度である。しかし、rise timeが100日を超えるような超新星も知られている(例: SN2008iy[1], SN2015da[2])。これまで、rise timeはCSM内の光子の拡散時間に対応すると考えられてきたが、100日を超えるrise timeを説明するためには、100太陽質量を超える大量のCSMが必要になる[3]。CSMは爆発前の恒星からの質量放出によって形成されると考えられているが、恒星からこれほど大量の質量が放出されるシナリオは考えづらい。
近年、このような非常に長いrise timeは、通常仮定される恒星風的なCSMの密度分布(ρ∝r^-2)ではなく、より一様に近い(ρ∝r^-s, s<1.5)CSMの密度分布を仮定することで、自然に説明できることが指摘された[4]。エジェクタ-CSM間の相互作用による光度は、CSMが恒星風的な密度分布をしている場合は時間と共に減少するが、一様に近い分布の場合、時間と共に増加しうる。このときrise timeは、光子が拡散する時間スケールが十分短い場合、相互作用による光度が増加から減少に転じるまでの時間を反映する。
本研究では、一様に近い密度分布のCSMと相互作用する超新星の光度曲線が、先行研究[4]では考慮されていなかったCSM内部における光子の拡散の効果を考慮することにより、どのような振る舞いを示すかについて検討した。一様なCSM密度分布を仮定することで、光子の拡散の影響を、比較的単純な方法で定量的に評価することが可能となった。この仮定の下、CSMの質量・半径の違いに対応して、どのような最大光度・rise time・形状を持つ光度曲線が現れるかを導出し、実際に観測された光度曲線との比較を行った。
1. Miller A. A. et al., 2010, MNRAS, 404, 305
2. Smith N. et al., 2024, MNRAS, 530, 405
3. Khatami D., Kasen D., 2023, preprint (arXiv:2304.03360)
4. Moriya T., 2024, MNRAS, 524, 5309-5313
講演a-10: 対不安定型超新星における12C(α,γ)16O反応の最重要温度
講演者名: 川下 大響、所属: 東京大学、学年: D1
対不安定型超新星は200太陽質量程度で低金属の星が起こすとされている爆発現象であり、コンパクト天体を遺さないことから、これによってもたらされるブラックホール不存在質量領域であるPI mass gapとの関係で注目されている。恒星進化において元素合成は重要な要素であるが、特に重要視されている12C(α,γ)16Oは恒星進化程度の温度帯で制度良く決まっていないことが知られており、この不定性はPI mass gapの範囲を大きく変化させることが報告されていた。我々はこの12C(α,γ)16O反応率不定性が対不安定型超新星の明るさを支配する56Niの合成量にも大きく影響することを発見し、以前の夏の学校でも報告した。しかし、これらの研究はエラー範囲の上限と下限を全温度帯において極端に取った計算によるものであり、実際の反応率とは大きくかけ離れた数値に基づいた計算となっている。今回はこの問題に注目し、温度に対してランダムに生成した核反応率テーブルを用い多数の恒星進化計算を行うことで、ニッケル合成量と最も関係のある反応温度帯を見出すことを試みた。計算の結果、対不安定型超新星のプロセスとして比較的早い時点に対応する温度において強い相関が発見された。
講演a-11: 鉱物資料を用いた過去の超新星由来のニュートリノ探索
講演者名: 山﨑 眞尋、所属: 九州大学、学年: M1
宇宙に存在する星のうち、初期質量が太陽質量の8倍以上の星は、その一生の最後に重力崩壊を起こし、超新星爆発と呼ばれる大爆発を起こす。このような重力崩壊型超新星爆発では、解放される重力エネルギーのうち、大部分をニュートリノが持ち去ることが知られている。ニュートリノは物質とほとんど相互作用しないので、他の物質からの散乱を受けることなく星の外へ飛んでいける一方で、その相互作用のしにくさがゆえに、観測が難しいという問題点もある。そのようなニュートリノを検出するために、現在例えば日本のスーパーカミオカンデなど、世界中で大型の検出器が運用されている。一方、Baum et al. (2020)による先行研究では、Paleodetectorと呼ばれる古い鉱物資料を用いた検出器を想定し、ニュートリノやダークマターなどの観測が難しい粒子を検出する試みが検討されている。過去の地球にニュートリノが飛んでくると、鉱物資料中の原子核と相互作用し、反跳した原子核は飛跡を形成する。その飛跡は現代まで保存されるので、それを観察できれば過去の地球にニュートリノが飛んできた痕跡を見ることができる、というのがPaleodetectorの概要である。このように過去の地球に飛んできたニュートリノの情報を知ることができる点が、Paleodetectorの利点の一つである。
本研究では、ニュートリノの発生源としてブラックホール形成を考慮した点、Paleodetectorとして用いる鉱物資料が生成された年代を考慮した点など、先行研究では考慮されていない効果も含めて、過去の超新星によるニュートリノのフラックスや鉱物資料中に残される飛跡のdamage track lengthを評価した。本講演では、計算結果の詳細について説明し、その考察や先行研究との比較について述べる。
S. Baum, T. D. P. Edwards, B. J. Kavanagh, P. Stengel, A. K. Drukier, K. Freese, M. Górski, and C. Weniger 2020, Phys. Rev. D, 101, 103017
講演a-12: 銀河系内ブラックホールX線連星Swift J1727.8-1613のX線スペクトルの変動調査
講演者名: 中本 太一、所属: 愛媛大学、学年: M1
ブラックホールと恒星の近接連星系はブラックホールX 線連星と呼ばれており、銀河系内で最も明るいX 線源の一種である。その多くは急な増光を示し、X 線光度の変化に伴ってX 線スペクトルの形状が異なる複数の状態になることが知られている。ブラックホールへの質量降着率が小さくX 線で暗い時期には、エネルギーの高いX 線が卓越するlow/hard 状態にあるが、増光と共にエネルギーの低いX 線が卓越するhigh/soft 状態に遷移する。high/soft 状態よりさらに増光すると、エネルギーの高いX 線の割合が再び増加し、エネルギーの低いX 線と同程度の割合になるとvery high 状態となる。スペクトルの変化は降着円盤の状態変化に伴って生じるとされるが、その仕組みや降着円盤の構造は完全には理解されていない。
そこで本研究では、これまでに見つかっているブラックホールX 線連星の中で最大級の増光を示し、現在も多くのX 線観測装置による観測が続けられているSwift J1727,8-1613に着目し、X 線観測装置NICER で得られたX 線スペクトルを解析することで、増光中の降着円盤の構造とその変化を調査した。観測で得られたX 線スペクトルに対し、降着円盤の多温度黒体放射成分とべき型成分(円盤光子を種光子とする逆コンプトン散乱成分)を組み合わせたモデルを適用したところ、様々なX 線光度の時期でモデルがデータをよく再現していることが
分かった。これにより、増光初期からピーク光度付近まではlow/hard 状態にあり、その後、very high 状態を経てhigh/soft 状態に変化しているという結果を得ることができた。
講演a-13: IXPE衛星による恒星質量ブラックホールSwift J1727.8-1613の準周期的変動QPOと偏光X線の変動の相関とその起源について
講演者名: 二之湯 開登、所属: 東京理科大学、学年: M2
ブラックホール連星(BHB)では、伴星からの質量降着によりブラックホール(BH)周囲にX線を放射する降着流が形成される。X線のスペクトル解析の結果は、BHの周囲の、光学的に厚く幾何学的に薄い降着円盤と光学的に薄く幾何学的に厚いコロナの存在を示している。また、BHBではしばしば準周期的なX線強度変動QPOが観測される。周波数が10 Hz程度の低周波QPOは、降着円盤の内側の高温コロナのLense-Thirring 歳差運動(Ingram et al. 2009)によって生じると考えられている。しかし、時間変動解析とスペクトル解析だけでは、QPOの放射機構に強い制約が与えられていない。近年、高感度X線偏光観測衛星IXPEにより、降着円盤やコロナでの逆コンプトン散乱による偏光X線が観測され、降着円盤とコロナの幾何構造の理解が進みつつある。IXPEによる偏光をプローブとしたQPOの観測はBH近傍の降着流の運動に新たな知見を与える。
2023年8月のアウトバーストにより発見された恒星質量BH Swift J1727.8-1613では、IXPEでも、QPOが観測された(eg., Zhao et al. 2023)。我々は、短時間X線強度変動を捉える「ショット解析」(Negoro et al. 1994)を用いた偏光検出法を構築し、IXPEによるSwift J1727.8-1613の観測について、低周波QPOの解析を行なった。ショット解析により低周波QPO由来の変動を捉えたQPO profileを得ることができ、QPOによる強度変動の振幅の高い時間帯と低い時間帯とで、偏光度が変わることを発見した。ただし、低周波QPOは信号が小さく光子統計が限られるので、IXPEの系統誤差の影響があり、さらなる詳細な解析が必要である。本講演では、Swift J1727.8-1613のQPOに伴う偏光の変化から考えられるQPOの起源について報告する。
講演a-14: Cir X-1のXRISM観測から知られるより新しい系の描像について
講演者名: 厚地 凪、所属: 東京大学、学年: M1
Cir X-1は非常に若い(<4600歳)中性子星連星系であり、初期のコンパクト天体の連星進化や降着円盤の物理を考察するうえで非常に重要な天体である。系の周期は16.6日であり、スペクトルの様相はそれぞれstable, dip, flaringとよばれる3つの軌道位相によって全く異なった特徴を示すことが先行研究によって知られている[1]。このうち、今年2月にX線観測衛星XRISMのPV targetとしてdip期のスペクトルが観測され、その高いエネルギー分解能によって、Cir X-1のスペクトルは今までに観測されなかったさまざまな奇妙かつ特異的な特徴を示すことがわかった。そのなかでも特に興味深いのは、6-3-7.1keV付近の鉄輝線領域の振る舞いである。エネルギー分解能の問題から、既存の研究では各輝線のドップラー速度を完全に分解することができておらず、系の物理的特徴に関する情報を欠いていたが、XRISMの観測結果からは、同種のイオンの異なる電子遷移に対応する輝線が大きく異なるドップラー速度を持っていることや、さらに過去に存在が知られたものとは電離階数の異なるイオンが存在していることが発見された。これらの情報から、Cir X-1系の降着円盤の構造について得られる新たな知見に富んだ考察を、本研究によって示したい。
1. Mayu Tominaga et al 2023 ApJ 958 52
講演a-15: 強磁場激変星における衝突電離平衡プラズマの輝線による白色矮星の質量推定
講演者名: 市川 太一、所属: 埼玉大学、学年: M1
白色矮星は、8 M_Sun 以下の主系列星が晩年に形成するコンパクト天体である。連星系にある白色矮星の質量がチャンドラセカール限界(約1.4 M_Sun)を超えると、Ia型超新星爆発を引き起こすとされるため、質量は重要なパラメータである。
本研究では Hayashi et al. (2023) に従い、不定性の少ない重力赤方偏移から白色矮星の質量を推定した。Chandora HETG を用いて2つの中間ポーラー NY Lupi 、EX Hya を観測したところ、両天体の衝突電離平衡プラズマにおける H-Like Mg、Si、S 輝線に、装置の絶対エネルギー精度 (∆E/E_rest ∼ 3.3 × 10^−4) を超える赤方偏移が検出された。これを重力赤方偏移とプラズマ速度によるドップラーシフトの結果と解釈することで、白色矮星の質量を NY Lupi では 0.9 M_Sun 以上、EX Hya では 0.4 ∼ 0.8 M_Sun と推定した。今後、降着柱と視線方向との角度や降着柱のモデルを考慮に入れることで、より正確な質量の推定が可能となる。
講演a-16: 多色撮像観測によるIW And型矮新星の研究
講演者名: 笠井 理香子、所属: 広島大学、学年: M1
矮新星は激変星の一種であり、白色矮星と晩期型主系列星から成る連星系である。アウトバーストと呼ばれる増光現象を繰り返し、これは白色矮星の周囲に形成される降着円盤の変化によって引き起こされる。そのため、矮新星は降着円盤の物理を研究するための天然の実験場として注目されてきた。Z Cam型矮新星はスタンドスティルと呼ばれる静穏時とアウトバースト時の中間程度で光度が一定になる期間をもつが、その中でもIW And型矮新星にはスタンドスティル中に光度が周期的に変動した後、再増光するといった他の矮新星にない特徴がみられる。この特徴は従来の降着円盤の理論モデルでは説明が困難であり、メカニズムの詳細はまだ解明されていない。本研究では天体の色変化からIW And型矮新星に見られる特徴を調べることを目的とし、広島大学かなた望遠鏡を用いたIW And型矮新星の多色撮像観測を行った。
観測の結果、IW And型矮新星KIC9406652で期待されていたIW And型特有の中間状態が観測された他、スタンドスティル終了時の再増光と静穏時までの減光も観測することができた。また色指数と等級の比較より、通常の標準降着円盤モデルでの色変化とは異なる天体が明るくなる一方で色が赤くなる現象が初めて観測された。今回は結果に加え得られた考察と先行研究との比較、課題について紹介する。
講演a-17: X線連星SS433のジェット伝播に対する恒星風起源の乱流の評価
講演者名: 丹 海歩、所属: 総合研究大学院大学、学年: M2
SS433はA型超巨星とコンパクト星との連星系と考えられている。連星系のambientは伴星からの強い恒星風に起因する乱流を形成していると推測されている。
A型超巨星の恒星風の速度は約100km/s〜200km/sと推定されている (Verdugo, E et al., 1998)。
本研究では、伴星風が作る乱流場を通してジェットが伝播する効果を調べるため、CANS+(Matsumoto 2019)を用いて初期背景媒質の乱流を仮定した2次元電磁流体力学(MHD)シミュレーションを行った。
初期条件として、周囲の乱流速度と噴射ジェットの速度の比について、静的なNTモデル、乱流速度10km/sのT-001モデル、乱流速度100km/sのT-01モデルの3つのモデルについて数値計算を行った。
乱流の動圧によってジェット伝搬速度が減速すると予想したが、ジェットと星周物質との相互作用する断面積が狭いため、モデル間の依存性は見られなかった。
しかし、T-001及びT-01モデルでは、NTモデルに比べてジェット内部の乱流構造が抑制された。また、コクーンと接触不連続面の間のKH不安定性が抑制され、ジェットのコクーンがambientによってコリメートされることがわかった。
このことから、ambient中の乱流がかえってジェットビームを安定化するのではないかという結論を得た。
講演a-18: 一般相対論的流体計算で探る大質量星と中性子星の連星相互作用
講演者名: 櫻井 大夕、所属: 早稲田大学、学年: M2
近年、コンパクト連星合体からの重力波やIa型超新星の観測により、2つの星が1つの外層に含まれる段階である共通外層進化に注目が集まっている。外層とコアの相互作用によって急速な連星間隔の減少が起こると考えられており、これは宇宙年齢以内に合体が起こるために必要なシナリオである(レビューとして[1]参照)。現在までいくつかの先行研究が行われてきたが、中性子星が伴星の場合は中性子星表面と外層のスケールハイトが十数桁異なるため共通外層進化を一貫して計算することは現実的ではない。そのため、簡単な仮定をした解析的モデルであるBondi–Hoyle–Lyttleton (BHL)降着率や簡易的な内部境界条件を用いた研究しか行われていない。
そこで本研究では、一般相対論的流体力学コードを用いて大質量星と中性子星の共通外層進化を計算した。特に、中性子星からの距離に応じて計算領域を階層的に分割することでスケールハイトの問題を解決した。そして中性子星への降着率や抗力を見積もった結果、BHL降着率を用いた解析的モデルにおける抗力やニュートン重力の場合における抗力との違いが判明した。さらに、内部境界にシンクを設定してブラックホール周りの降着流を計算した先行研究[2]と比較することで、ブラックホールと中性子星における降着率や抗力の違いも明らかになった。
[1] Ivanova, N., Justham, S., Chen, X., et al. 2013, The Astronomy and Astrophysics Review, 21, 59, doi: 10.1007/s00159-013-0059-2
[2] Cruz-Osorio, A., & Rezzolla, L. 2020, The Astrophysical Journal, 894, 147, doi: 10.3847/1538-4357/ab89aa
講演a-19: 相対論的に高温な非磁化プラズマ中を伝播する衝撃波のPICシミュレーション
講演者名: 上井戸 一紀、所属: 東京大学、学年: M1
衝撃波研究は高エネルギー天体や宇宙線スペクトルの理解に重要である。
例えば、ガンマ線バースト(GRB)の残光現象は、宇宙論的遠方において数日程度以上に渡り様々な波長で輝く現象である。標準的なモデルでは、母天体から発射された相対論的速度の衝撃波により磁場生成・荷電粒子の加速が起こり、被加速粒子が磁場の周りを回る際のシンクロトロン放射が観測されると説明される。しかし、プラズマシミュレーションの結果では磁場は直ぐに減衰してしまい、観測が予言する広い領域での放射を説明できない。
標準モデルは伝播領域の密度が均一であることを仮定しているが、実際の宇宙は不均一である。密度不均一の極限として上流に高密度塊を仮定すると、衝撃波下流静止系では密度塊は慣性が高いために減速せず、流体力学の描像では衝撃波の下流に新たな衝撃波が形成される。相対論的速度の衝撃波の下流は相対論的に高温(温度が質量より十分大きい)なので、この新たに生成された衝撃波は、「相対論的高温領域中の衝撃波」である。ところが、衝撃波研究は専ら温度が質量に比べ無視できるような「冷たい領域中の衝撃波」が殆どである。そこで、我々は第一原理的なPICシミュレーションにより、「相対論的に高温領域中の無衝突衝撃波」の性質を世界で初めて調べた。
シミュレーションにより、相対論的に高温な領域中の衝撃波について、以下のことが明らかになった。Vを下流静止系での上流速度とする。発表では、以下の結果がなぜ重要かについても説明する。
1. 流体近似を満たす無衝突衝撃波が形成される
2. V=0.5, 0.3, 0.1 c と変化させると、衝撃波遷移層は急激に厚くなる
3. V=0.7, 0.9 c では冷たい領域中の衝撃波の磁場生成と同程度の強さの磁場が生成される
4. 計算時間内(3600/電子プラズマ振動数)には、冷たい領域中の衝撃波と異なり、粒子は加速されない。
特に、3. は密度不均一として多くの密度塊を仮定すれば、衝撃波下流の広い領域に磁場が存在しうることを示唆し、前述のGRB残光の理論と観測の齟齬を解決できるかもしれない。
講演a-20: 磁気流体のエネルギー運動量テンソル
講演者名: 山﨑 陸太郎、所属: 早稲田大学、学年: M1
宇宙における流体はプラズマの状態にあり,磁場と相互作用する.このような流体を扱う流体力学は磁気流体力学(MHD)と呼ばれる.MHDの多くの場合,比透磁率μ=1として扱う.しかしながら,宇宙にはマグネタ―という非常に強い磁場を持った中性子星があり,その付近ではμ=1とする扱いは不適切である.マグネタ―で起こるX線バーストなどの現象を解明するためには,強い磁場の下でのMHDの基礎方程式の定式化が必要である.本研究ではその前段階として,MHDのエネルギー運動量テンソルを書き下し,熱力学との整合性を考えた.
本研究では,四脚場と呼ばれる場を用いてFermion場のLagrangian密度を変分し,ある時空点のエネルギー運動量テンソルを求めた.これの統計平均をとること[1]で,MHDのエネルギー運動量テンソルを計算した結果,磁化と解釈される項が現れた.
また,MHDのエネルギー運動量テンソルの空間部分には非等方性が現れた.これは,応力としての圧力が非等方であることを意味する.熱力学的との整合性の観点から,磁場と平行な応力としての圧力が,一意に定まるはずである熱力学的な圧力と解釈できることを確認した.
1. Miller David E and Ray P.S. ,Helvetica Physica Acta 57,1984
講演a-21: 超新星爆発数値シミュレーションにおけるAIサロゲートモデルの開発
講演者名: 高橋 正大、所属: 東京大学、学年: M1
超新星爆発とは大質量星が最期に起こす大爆発であり、宇宙進化や高エネルギー物理学の解明に重要な役割を果たす。爆発メカニズムは未解明であるが、ニュートリノ輻射輸送が非常に重要であると考えられおり、数値シミュレーションによるアプローチが世界各地で行われている。しかしながら、超新星中のニュートリノは高次の偏微分方程式であるボルツマン方程式により記述されるため、非常に計算コストが高く、超新星爆発メカニズム解明のボトルネックとなっている。
AI(機械学習)を用いた数値計算の代替モデルであるサロゲートモデルは、超新星爆発のシミュレーションの計算コストを削減することが期待される。従って、より多くの条件下での数値計算を可能にし、超新星爆発のメカニズム解明に繋がると考えている。私は現在、モーメント法 (Thone, 1981)に基づいたサロゲートモデルの構築を進めている。この理論では、分布関数を運動量成分で積分した物理量であるモーメントを計算することで微分方程式の次元を削減する。このとき、2次のモーメント(Eddington tensor)を0, 1次のモーメントから予測する必要がある。私は機械学習を用いて、対流の影響やNeutrino sphere直後のニュートリノの振る舞いを適切に反映した予測を行った。結果として、従来手法であるM1-closure法に対して、予測誤差を100分の1程度にすることができた。本公演では、モーメント法を用いたAIサロゲートモデルのメカニズムや、研究成果及びこれからの展望について発表する。
講演a-22: Physics-Informed Neural Networksを用いた陰解法の初期値推定
講演者名: 栗城 琉偉、所属: 筑波大学、学年: M1
超大光度X線源などの明るい天体における降着円盤の構造や、アウトフローの形成及び構造、ブラックホールの成長過程といった問題を解くためには、一般相対論的輻射磁気流体力学シミュレーションによる計算を行う必要がある。磁気流体と輻射は散乱・吸収過程を通じて相互作用する。そのような相互作用において陰解法を用いてエネルギー・運動量保存則を解くことが求められ、陰解法で磁気流体・輻射の相互作用を解く際にニュートン法を用いている。ニュートン法では、導関数を利用して反復計算を行ってエネルギーや運動量などの保存量から、流体の速度や圧力などの基本量を求める。しかし、与える初期値によっては収束に時間がかかるという問題や、そもそも収束しない場合があるという課題がある。そこで本研究では、機械学習モデルを用いて収束点に近い初期値を推測することで、収束の高速化及び安定化を目指す。
本研究では、機械学習の手法としてPINNs(Physics-Informed Neural Networks)という手法を用いる。PINNsとは、ニューラルネットワークモデルの学習過程において損失関数に物理的条件を課したものである。今回は損失関数としてエネルギー・運動量保存則を用いており、損失関数の値を小さくするような学習をさせることでエネルギー・運動量保存則を満たす、良い初期値を推定することができるようなニューラルネットワークを構築する。講演では、構築したニューラルネットワークの詳細や推定の結果、及びさらに良い推定をするための改善点について議論する。
講演a-23: 活動銀河核PDS 456のフレアに伴うX線スペクトルの時間変動の解析
講演者名: 佐藤 璃輝、所属: 東京大学、学年: M1
活動銀河核PDS 456は、中心ブラックホール(BH)近傍から高階電離した鉄などの重元素が光速の0.3倍で放出されるUltra fast outflow(UFO)が恒常的に観測されている天体である。このUFOは10^46 erg/sの莫大なエネルギーを周辺物質に与えており、銀河とBHの共進化において重要な役割を担っている可能性が高い(Nardini et al. 2015)。またPDS 456は激しい光度変動を示し、BH近傍のコロナからの一次X線の変動(Reeves et al. 2021)やoutflowの吸収体の変動(Behar et al. 2010)などの多様な変動が観測されている。
我々は2024年3月に可視・X線帯域の6つの望遠鏡、XRISM・NuSTAR・XMM-Newton・Swift・NICER・せいめい望遠鏡を用いてPDS 456を観測した。Swiftにより3/9から3/11にかけてX線帯域(0.3–10 keV)で約1桁増光し、数日で減光する現象が確認された。我々はこのフレアの発生機構を探るため、コロナからの一次X線成分が精度良く決まる硬X線帯域を観測できるNuSTARのスペクトルを解析した。その結果、フレア期から静穏期までカウントレートが1/8倍になった現象が確認でき、光速の0.26倍のUFOによるP Cygniプロファイルも確認された。さらに、軟X線に感度を持つXRISM/XtendとXMM-Newtonのデータを用いて吸収の影響の評価を進めている。本講演では、NuSTAR・XRISM/Xtend・XMM-Newtonを用いたスペクトル解析結果を報告し、フレアの物理的機構を議論する。
講演a-24: セイファート銀河由来のX線とニュートリノの相関の評価
講演者名: 宮里 優生、所属: 千葉大学、学年: M1
IceCube実験では、PeVレベルの超高エネルギー宇宙ニュートリノの初観測以降、主に数百GeVからPeVレベルの宇宙ニュートリノを観測し続けており、電磁場に影響されないニュートリノを用いた天文学の機運は高まり続けている。一方で、観測された多くの宇宙ニュートリノの起源はいまだわかっていない。IceCube実験の運用と解析が進むにつれ、かつて主に議論されていたブレーザーやガンマ線バースト天体など、爆発的なエネルギーを放出するジェットが地球に向く天体は、この実験で観測される宇宙ニュートリノの主要発生源ではないことが明らかになりつつある。そのような中で現在注目されているのが、ジェットが地球に向いていない活動銀河核であるセイファート銀河である。セイファート銀河は、巨大質量ブラックホールをもち、その周辺にはコロナと呼ばれる希薄な高温プラズマが存在する。近年提唱されているこの高温コロナにおける磁気乱流などによる宇宙線加速の理論は、シミュレーション等による裏付けに加え、IceCubeの探査でセイファート銀河NGC1068が恒常的なニュートリノ放出天体として高確率で同定されたことで、さらに現実味を増している。高温コロナの様子はX線でよく把握できることが知られているが、この理論モデルではニュートリノの観測信号の強度がX線の強度と大まかに比例すると期待される。そこで、本研究ではX 線のセイファート銀河観測データと、方向データから同銀河由来と推定されるIceCubeのニュートリノ観測データを解析し、その時間的相関を明らかにすることで、コロナにおける宇宙線加速理論を実験的に確かめることを目的とする。本研究では、X線で明るい近傍のセイファート銀河に着目する。ニュートリノの観測データを入力とし、適当な伝達関数を介してX線の観測データが出力されていると考えることで、両者の時間変動に相関があるか明らかにする方法を考案・検証中である。
講演a-25: ガンマ線で増光を示したブレーザーOP 313のかなた望遠鏡による偏光撮像観測
講演者名: 橋爪 大樹、所属: 広島大学、学年: D1
宇宙に無数に存在する銀河のうち、その中心部の狭い領域から母銀河に匹敵するほどのエネルギーを放射しているものを活動銀河核(AGN)と呼ぶ。AGNには相対論的速度で噴出するプラズマ流(ジェット)を持つ天体があるが、ジェットの発生機構や加速機構は未だ明らかにされていない。ジェットが観測者の方向を向いているブレーザーはAGNの中でも光度変動が激しく、シンクロトロン放射によって偏光した電磁波が観測される。シンクロトロン放射は磁場に垂直な方向に偏光するため、偏光観測することでジェット内部の磁場構造を理解することができ、ブレーザーの偏光方位角の回転の有無や偏光とライトカーブの相関を調べることでジェットの内部構造や放射機構についての情報が得られる。
本研究では、2023年11月と2024年2月にFermi衛星によってガンマ線による増光が示されたブレーザーOP 313の、広島大学かなた望遠鏡を用いた可視光及び近赤外線による偏光撮像観測を行った。観測の結果、明るさの変動が確認できた。さらに、偏光度、偏光方位角の変動も確認し、1日1点の観測からは偏光度が10%以上急激に増加する様子も捉えた。また、偏光方位角の変動から、ジェット中の磁場の回転の様子も確認できた。本講演ではOP 313の、昨年末以降における可視光近赤外帯域での挙動について報告する。
講演a-26: 可視赤外測光による活動銀河核NGC4151の時間変動解析
講演者名: 趙 光遠、所属: 東京理科大学、学年: M1
活動銀河核(AGN)は、銀河中心に超大質量ブラックホールが存在し、物質降着が行う。その中心部には高温の降着円盤があり、その周囲には高速に運動する電離ガス雲やダストトーラスと呼ばれる構造が存在し、降着円盤からの紫外線可視連続放射を吸収し、それぞれ可視広輝線(半値全幅>1000 km/s)や赤外線を放射している。このため、降着円盤からの放射強度が変動すると、各領域からの放射は降着円盤からの距離に応じた遅れをもって変動する。またこれらの構造は、ブラックホール周辺の高温コロナからのX線連続放射を吸収し、中性鉄蛍光輝線として再放射する。より広い温度帯の物質により吸収再放射されるために物質分布の良い指標となりえ、XRISM衛星のResolveの超高エネルギー分解能観測により大きな進歩が期待される。そこで我々は両者を比較するためNGC 4151 AGNのXRISM PV観測と同時の可視赤外線多波長分光測光モニター観測を実施している。
本研究では可視光と近赤外線の光度曲線を測定し、両者の間の変動時間遅延を測定することで、中心降着円盤からダストトーラスまでの距離を推定できる。研究の目標はブラックホール周辺物質の分布を解明し、ダストトーラスまでの距離を推定することである。可視光域はASAS-SN望遠鏡が2017年2月から2024年4月10日までのg band(430 nm)における光度曲線をデータベースから取り出し、岡山91 cm 赤外望遠鏡OAOWFCが2023年1月から2024年4月9日までの観測されたJ, H,Ks(1.26 μm, 1.65 μm, 2.20 μm)の三波長帯データと共にクオリティーチェックを行い、過大過小値及び一回観測内で極めて大幅の変動を示すものを省いた。これによりロバストな光度曲線データが選定され、それらを比較することで異なる波長帯の異なる時間帯での変動模様が見えたことを判明した。
講演a-27: 可視分光モニター観測による活動銀河核NGC 4151の物質状態推定
講演者名: 平田 悠馬、所属: 東京理科大学、学年: M1
活動銀河核は超大質量ブラックホールへの物質降着により多波長の電磁波を放射する。降着円盤は紫外線を放射し、ブラックホール近傍の高温コロナにより散乱され一次X線となり、周辺物質に光電吸収・再放射され輝線となる。中性Fe Kα輝線(6.4 keV)は広い温度範囲のガスの指標となるため活動銀河核内部構造の重要なプローブとなる。 エネルギー分解能に優れたXRISM衛星Resolve(E/ΔE~1200 @6.4 keV)の観測より、中性Fe Kα輝線のプロファイルを正確に捉え、より中心部の物質分布や構造を解明できる。 活動銀河核は高温の降着円盤、高速で運動し可視広輝線(FWHM>1000 km/s)を放射する広輝線領域、これらを取り囲む吸収体のダストトーラスで構成され、中性Fe Kα輝線のプロファイルを調べることで放射領域での物質の運動速度が分かるので降着円盤からダストトーラスまでのどの位置に中性鉄が存在するか分かる。広輝線領域やダストトーラスは時間変化するため、同時観測から中性Fe Kα輝線とHβ広輝線の直接比較が可能となる。そこで我々は活動銀河核NGC 4151についてXRISM PV観測と同時の可視赤外線多波長分光測光モニターを実施している。
本研究では、せいめい望遠鏡KOOLS-IFUで2023年12月から5月現在まで13回、なゆた望遠鏡MALLSで2023年12月から翌年3月まで5回観測を行った。スペクトル中には左右非対称なプロファイルを持ったHβ広輝線や[OIII]輝線が見られる。広がった領域からの放射が観測の視野を出入りしフラックスが系統的に変化する為、[OIII]輝線を用いてスペクトル全体を補正した。補正したスペクトルについて異なる観測日で差分を取ることで時間変動を調べた。また、Hβ広輝線を複数の波長帯で分割しフラックスを計算することでプロファイルの時間変動が波長ごとに異なることが判明した。
講演a-28: 高エネルギー宇宙線の起源天体の同定に向けた遠方宇宙における潮汐破壊現象の探査
講演者名: 敏蔭 星治、所属: 東北大学、学年: M2
宇宙には高エネルギーの荷電粒子からなる「宇宙線」が飛び交っている。荷電粒子である宇宙線は磁場によって曲げられることで方向の情報を失ってしまうため、宇宙線の初観測から100 年以上が経過した現在においても、特に10^15 eV を超えるような高エネルギー宇宙線の起源は未だ同定されていない。近年、高エネルギー宇宙線と周囲の物質や光の相互作用で生成される高エネルギーニュートリノがIceCube によって観測可能となった。そこで、磁場の影響を受けないニュートリノの観測に基づく高エネルギー宇宙線の起源天体の同定が期待されている。これまでに一部の活動銀河核で対応天体が認められたが、これらの天体が高エネルギーニュートリノの大部分を説明可能であるかは明らかになっていない。そこで、活動銀河核と同様にブラックホール(BH)が駆動する突発的な天体現象に注目が集まっている。実際に、超大質量BH の潮汐力により恒星が引き裂かれ降着する「潮汐破壊現象(TDE) 」が高エネルギーニュートリノ到来方向で発見されている。
ニュートリノは起源天体の情報を持たないため、追観測によりその放射源を特定するには、ニュートリノの到来方向を即時的に観測したときのみに検出される特定の天体種の存在を検証する必要がある。TDE についても、発生率、光度分布や赤方偏移進化はこれまで十分に計測されていないため、未だ起源候補に留まっている。このボトルネックを解消するため、本研究では、すばる望遠鏡による突発天体探査で観測された光度曲線に基づいて遠方宇宙における潮汐破壊現象の発生率を調査した。まず、近傍宇宙で観測されたTDE の光度曲線に基づいて、超新星や活動銀河核などの突発天体とTDE を分類する手法を確立した。この手法を実際の観測データに適用することでTDE を選抜した。講演ではTDE の発生率、光度分布や赤方偏移進化について議論する。
講演c-1: zr過程元素の放射性加熱率とキロノヴァ光度曲線
講演者名: 小笠原 優斗、所属: 京都大学、学年: M1
本講演では[1]をレビューする。
宇宙に存在する元素のほとんどは恒星の内部で合成されるが、鉄より重い元素は恒星内では合成されず、その起源は宇宙の成り立ちの最大の問題の一つである。重元素合成過程の一つであるr過程が起こる最有力候補は連星中性子星合体であるが、これが十分な重元素を供給できるかは分かっていない。キロノヴァ(マクロノヴァ)は、主に連星中性子星合体に付随するr過程元素の崩壊熱放射による爆発現象である。連星中性子星合体の機構や、合成される元素の組成には不定性があり、それらをキロノヴァの観測によって検証する必要がある。
キロノヴァの最も簡単な解析モデルは[2]によって提唱された。その後のモデル改良もあり、キロノヴァの光度のオーダー評価が得られた。ここでは爆発の内部構造を一様にする近似のもとで、単純な輻射輸送モデルで光度曲線が計算された。
しかし、2017年の連星中性子星合体に付随するキロノヴァで初めて観測された光度曲線はこの近似のもとでは一部再現できず、キロノヴァ放射領域をより精密に議論する必要が出てきた。特に、キロノヴァの初期段階では、拡散時間より力学的時間の方が短いため、輻射輸送を正確に取り扱う必要がある。
そこで[1]では、数値計算により加熱率を求め、崩壊により生じる光の散乱を考慮に入れた、光度曲線の計算が初めて行われた。その結果このモデルは観測された光度曲線をよく再現し、加えてこの合体で生成されたr過程元素の質量が0.05±0.01太陽質であることを示した。これは、宇宙に存在する重元素の起源のほとんどが中性子星連星であることを強固に示唆している。
[1] Hotokezaka, K., Nakar, E., ApJ, 891, 152H, 2020
[2] Li, L.-X., Paczyński, B., ApJ, 507, L59, 1998
講演c-2: 多地点測定でのガンマ線バースト到来方向の決定精度の検討とMoMoTarO実証
講演者名: 鶴見 美和、所属: 京都大学、学年: D1
2019年に始まったアルテミス計画を皮切りに、近年の国際宇宙探査で人類の月への進出が急速に進展している。現在、私たちのチーム開発している中性子・ガンマ線の検出器 Moon Moisture Targeting Observatory (MoMoTarO)は、月面から漏出する中性子を用いた月面の水資源探査や中性子寿命の測定に加え、ガンマ線バースト(GRB)の観測も目指している。
GRBは中性子星の合体や大質量星の超新星爆発によって高エネルギーのガンマ線が発生する突発現象である。2017年の連星中性子星合体のイベント[1]は、ガンマ線から近赤外線に至るまで多くの波長の電磁波が重力波と一緒に観測され、母銀河の特定だけでなく、合体に伴う諸現象やその時間発展を詳しく知ることができた。遠方の重力波源の主な対応天体はGRBでしか見つけられないため、今後さらなる重力波観測と近赤外追観測の連携に向け、GRBの到来方向を数度以下の高い精度で迅速に決定することが求められている。GRBを複数地点で測定し、到来時間差を用いて方向を決定する手法は古くから行われているが、地球周回だけでなく月軌道上や月面にも観測点を追加できれば、地球から月までの38万kmという距離を活かして、位置決定精度を格段に向上できる。
私たちのチームでは、Woerkom、仏坂、榎戸らによる先行研究で、地球周回、ラグランジュポイント、月の北極の3点にガンマ線の観測点を置いた場合の方向決定精度を見積もった。その結果、到来時間差を5 ms以下の不確かさで決定することができれば、50%のGRBが0.5°、90%のGRBが3°の精度で決定できることが分かった。本発表では、Geant4を用いて、MoMoTarOに搭載されている7*7*1 cm^3のガンマ線検出用のシンチレータでGRBが検出された時のライトカーブをシミュレーションし、実際にMoMoTarOを用いてmsの精度での到来時間差の決定が可能かどうか議論する。
[1] B.P. Abbott et al., 2017, Gravitational Waves and Gamma-Rays from a Binary Neutron Star Merger: GW170817 and GRB 170817A
講演c-3: 超新星フォールバックのための境界条件開発
講演者名: 篠田 兼伍、所属: 東京大学、学年: D1
超新星におけるフォールバックは、爆発後の電磁放射 (Chevalier 1989) やニュートリノ (Houck & Chevalier1991, Chevalier 1995) の放出源として、また超新星における中性子星やブラックホールの形成やその周りの円盤形成やその発光現象の起源 (Dexter & Kasen 2013, Perna et al. 2014) として考えられてきた。特に興味深いのは、水素層とヘリウム層の境界で生じた逆行衝撃波が中心天体に落ち込む現象である。この結果、降着率は著しく増大し、中心天体である中性子星やブラックホールの質量、スピン、キック速度に影響を与えると考えられている。しかし数値計算において、従来の境界条件では逆行衝撃波が落ち込む際に非物理的な反射波が発生すると報告されている (Ertl et al. 2016, Gabler et al. 2020)。この問題を解決するため、非反射境界条件 (Thompson1987, Suzuki & Inutsuka 2006) を球座標内側のシンク境界条件に適用し、さらに計算領域の最内セルを用いてゴーストセルの値を平均化することで反射波を抑える境界条件を開発した。本発表では流体シミュレーションコード Athena++ (Stone et al. 2020) を用いて衝撃波菅問題や Sedov 解などの解析解を持つ問題に対する境界条件の振る舞いと、実際の超新星爆発計算で得られた逆行衝撃波が内側境界に落ち込んだ際の振る舞いを報告する。
講演c-4: IIn型超新星爆発の星周物質の形成過程
講演者名: 村田 一晟、所属: 京都大学、学年: M2
超新星爆発とは大質量星が最期に起こす爆発である。
近年の広視野、高頻度の観測で、爆発から数日以内のデータを得ることができるようになったことで、超新星の親星の近傍に物質があり超新星と相互作用を起こしている証拠が見つかってきた。この星周物質は親星からの質量放出によるものだと考えられているが、観測から予測される質量放出率は現行の恒星進化モデルでは説明できない大きさである。特にIIn型に分類される超新星では爆発の数年前に通常の10000倍以上の質量放出が必要と言われている。
この質量放出を説明するために大きく分けて2つのモデルが提唱されている。
1つは赤色超巨星の進化の最期に予想される活動に起因する質量放出である。赤色超巨星は進化の最期に水素外層にエネルギーが注入されるという説があり(Shiode & Quataert 2014)、このエネルギーによって大質量放出を誘発するというモデルで、これまでにも調査されてきた。しかし、Ouchi & Maeda 2019では星の膨張が起きるが、観測を説明できるような質量放出は起こせないという結果だった。
もう1つは連星系の質量輸送を起源とする質量放出である。このモデルでは質量放出率は説明することができるが、爆発の数年前の質量放出は限定的なパラメータ内でしか起こせず、現実的ではない(Ouchi & Maeda 2017)。
本研究ではこれらのモデルを組み合わせたモデルで進化計算を行い、爆発の数年前の大質量放出の説明を目指した。今回、扱うモデルはMcley & Soker 2014によって提唱されていたが、具体的な計算は行われていなかった。そこで実際に計算を行い、モデルの妥当性について検証した。今回の計算の結果として、IIn型超新星の親星の質量放出率を説明可能な結果が得られた。また、観測と比較して連星の公転周期などのパラメータの制限範囲にてついても議論する。
講演c-5: Ibn/Icn型超新星の親星進化解明に向けたX線・電波光度曲線計算
講演者名: 井上 裕介、所属: 京都大学、学年: M2
通常の超新星の可視光スペクトルは、その親星由来の放出物(エジェクタ)の速度10000 km/sに対応した幅の広い輝線を示す。一方で近年、可視光スペクトル中の幅の広い輝線に加え、1000 km/sに対応した幅の細いヘリウム輝線や炭素輝線で特徴付けられるIbn/Icn超新星が見つかっている。その幅の狭い輝線は、SNe Ibn/Icnが爆発する直前の親星の周りに存在する大量の星周物質(Circum stellar matter: CSM)を反映していると考えられている。このCSMは、親星からの質量放出に由来すると考えられているが、このような大量の質量放出は古典的な恒星進化論では説明不可能であるため(Moriya&Maeda 2016)、より詳しくSNe Ibn/IcnのCSM特性を探り、恒星進化理論を修正することが喫緊の課題となっている。
ここで注目したのはSNe Ibn/IcnのX線・電波放射である。大量のCSMが存在した場合、エジェクタとCSMの衝突によって衝撃波が発生し、エジェクタの運動エネルギーが効率的に放射に変換される。この時、衝撃波領域は高温になり、衝撃波面では荷電粒子が加速されるため、CSM・エジェクタ特性を強く反映したX線・電波放射が予想される。しかし、電波放射の観測例は無く、X線の観測例もType Ibn SN2006jcの軟X線(<10 keV)一例のみである。このような状況で必要なのはX線・電波放射がCSM特性解明に有用であることを示し、X線・電波の観測を推進することである。
本公演では、SNe Ibn/Icnの親星解明に向けて、SNe Ibn/Icnからの電波・X線光度曲線計算の結果を示し、その特徴を議論する。特にType Ibn SN2006jcの軟X線光度曲線と計算の比較により、炭素・酸素が豊富なCSMで説明できることを示した。
講演c-6: 種族合成計算を用いた中性子星とブラックホールの質量分布の予測
講演者名: 杉浦 蒼、所属: 東京理科大学、学年: M1
星間物質の自己重力によって星が形成され、輝き、様々な物質を宇宙空間にばらまいてそれぞれの死を迎える。星の進化と呼ばれるこのサイクルは138億年の間いたるところで繰り返されてきたが、星生成率や初期質量関数(Initial Mass Function, IMF)、連星系の各種分布などにはいくつかのモデルが存在しており、宇宙全体の星生成史や宇宙の化学進化の詳細についてはいまだ完全な解明に至っていない。そこで、これらの分布を仮定した種族合成計算により、ある星の集団から放出されるニュートリノの量を調べ、初めて星ができてから現在に至るまでのその結果を足し合わせることで、現在までに生じた超新星爆発によって宇宙空間に蓄積されたニュートリノ(超新星背景ニュートリノ)の量を予測することが可能である。さらに、その結果を観測データと比較することで、仮定した分布や恒星進化のモデルについて考察し、星生成史や宇宙の化学進化への理解につながると考えられる。
本研究ではその準備として、恒星進化計算コードSSE/BSE にMüllerらによる一次元超新星モデルを参考にして改良を加えた計算コードを用いて、初期質量などが異なる様々な星のモデルについて計算しIMFや連星頻度などの分布を考慮することで、ある星の集団が進化した後に残るブラックホールや中性子星の質量分布、放出されるニュートリノと重元素量を調べた。これらを用いて仮定した分布についても議論する。
講演c-7: X線観測と輻射流体シミュレーションの比較によるブラックホールX線連星の降着流と円盤風及びジェットの関係解明
講演者名: 小林 莉久、所属: 大阪大学、学年: M1
X線天文学は約60年前に誕生して以来、宇宙の様々な高エネルギー現象の理解に大きく貢献してきた。その観測対象である天体の1つにブラックホールX線連星(Black Hole X-Ray Binary; BHXRB)がある。BHXRBとはブラックホールとその伴星である恒星からなる連星系であり、伴星から降着するガスが重力ポテンシャルエネルギーを解放し、X線として放出する天体である[1]。理論的にはブラックホールを取り巻く高温降着流が円盤風を放出すると考えられており、また観測からはブラックホールがジェットを持つことが知られている[2]が、円盤風が吹き出すメカニズムや、降着流およびジェットとの関係はまだ十分に解明されていない[3]。これらの問題を解決するためには、観測により高解像度X線スペクトルを取得し、輝線のシフトや広がりを調べる必要がある。
2023年に打ち上げられたX線観測衛星XRISMは、超高分解能X線分光による宇宙物理の課題の解明を目指しており[4]、その観測結果は徐々に公開され始めている。今後さらに得られるX線スペクトルの情報を、対象天体で起こっている流体現象・電離反応の理解につなげることが求められている。本発表ではBHXRBに関する問題や観測目標について整理するとともに、スペクトル情報と輻射流体(Radiation HydroDynamics; RHD)シミュレーションを結びつける研究の一例として熱放射風のシミュレーション論文[5]を紹介する。
1. Mineshige, S. 2016, Black Hole Astrophysics (Tokyo, Japan: Nihon hyouron sha)
2. Yuan, F., & Narayan, R. 2014, Annu. Rev. Astron. Astrophys. 52, 529
3. XRISM Science Team. 2020, Science with the X-ray Imaging and Spectroscopy Mission
4. Ota, N., Mizuno, H., & Uchiyama, H., 2022, XRISM Quick Reference
5. Tomaru, R., Done, C., Ohsuga, K., Nomura, M., & Takahashi, T. 2019, MNRAS, 490, 3098
講演c-8: 反復新星 U Scorpii 測光分光観測から探る降着円盤と新星風の相互作用
講演者名: 村岡 克紀、所属: 京都大学、学年: M2
新星とは、白色矮星と低温星の近接連星系にて、白色矮星表面へ降着したガスの熱核反応の暴走で発生する爆発現象である。可視光では突発的な増光として観測された後、徐々に減光を示すが、途中、一時的に可視光度が一定になる(平坦期)系が存在する。U Sco 1999年爆発から、平坦期は白色矮星に照射された降着円盤に由来するもので、円盤半径は静穏期より大きくL1点まで達する可能性が示唆された。しかし、爆発後、長期間に渡って降着円盤と新星風の相互作用を追った観測やシミュレーションは殆ど行われていない。
Muraoka et al. (2024)では、U Sco 2022年爆発に関し、VSNET を通じて国際共同可視連続測光観測を行い、平坦期中の食プロファイルから食幅を見積もることで、円盤半径の時間変化を求めた。平坦期の円盤半径はL1点近くまで達するが、平坦期を終えると急激にtidal truncation 半径まで縮小することが分かり、新星風との相互作用による降着円盤の構造変化が初めて観測された。現在は、分光観測に着目し、爆発直後から食開始、平坦期を通したスペクトル進化の解析を行っており、上記の構造変化を伴った降着円盤成分が平坦期に現れうるか議論する。また、三次元SPHシミュレーションによって新星風や降着円盤の構造を決定し、輻射輸送コードを用いてスペクトル再現を試みる展望について議論する。
講演c-9: 自動観測システムSmart Kanataの初期成果
講演者名: 佐崎 凌佑、所属: 広島大学、学年: D1
激変星は突発的な爆発現象を示す天体で、新星や矮新星などが含まれる。これらの天体の爆発初期には未解明の問題が残されている。この問題を解明するためには、爆発の発見直後から追跡観測を行う必要がある。しかし、爆発の発見直後は天体の正体が不明であり、激変星と混同されやすい天体なども存在することから、早期に適切な追跡観測を行うには現場での専門家の判断が必要になる。つまり、専門家が不在の状況では適切な観測判断が行えず、観測機会を逃すことに繋がる。
自動観測システム “Smart Kanata”は観測機械の損失を防ぐために開発されたシステムである。Smart Kanataは発見時情報から天体の正体を判別し、適切な観測手法を判断し、自動で観測を行う。これによって、専門家が不在の状況下でも観測機会を逃すことなくデータを取得することが可能になる。Smart Kanataは昨年12月から定常運用に入り、今後徐々に成果を上げていくことが期待される。
Smart Kanataは試験運用期間を含め、2024年4月までに3日間にわたるWZ Sge型矮新星の早期スーパーハンプの多波長検出や新星爆発の発見直後での分光観測による天体の正体の同定などの成果を上げ始めている。特にWZ Sge型矮新星の早期スーパーハンプを多波長で複数夜に渡って検出したのは初めてのことで、システムの有用性を示した顕著な例と言える。本講演では、これらを含むSmart Kanataの初期成果について報告する。また、これまでの観測を元に、今後期待される成果についても議論する。
講演c-10: 中性子星内のギャップレス超流動
講演者名: 泉 啓太、所属: 神戸大学、学年: M1
中性子星は一般に太陽質量の8〜30倍の質量の恒星が超新星爆発を起こすことによって形成される星で、ほぼ中性子からなるコンパクト天体である。太陽程度の質量を持つ一方、半径がわずか10km程度であり、非常に高い密度を持つ。中性子星を構成する高密度の物質は、その形成後数十年を経て様々な超流動相や超伝導相が存在するのに十分な温度になると考えられている。
本発表でレビューするAllard&Chamel の一連の研究(e.g. Ref. [1], [2])では、従来のBCS理論ではなく、中性子星の密度汎関数理論を原子核に応用した核エネルギー密度汎関数理論を用い、中性子・陽子超流動体のダイナミクスを考えた。結果として、準粒子励起のエネルギースペクトルがギャップを示さないにも関わらず、核子が超流動状態を保つ領域の存在が予言されることが分かった。更に、ギャップレス核超流動が中性子星の比熱に与える影響を計算した。
Allard&Chamelによる一連の研究に関する発表を行う。
[1]V.Allard and N.Chamel, Universe 7 (2021) 12, 470
[2]V.Allard and N.Chamel, Phys.Rev.C 108 (2023) 1, 015801
講演c-11: パルサーの放射領域と偏光の系統的調査
講演者名: 佐伯 聖真、所属: 広島大学、学年: M2
パルサーは周期的なパルス状の放射が観測される天体で,その正体は高速回転強磁場中性子星である。パルサーの周囲にはプラズマで満たされた磁気圏が形成され、そこでの高エネルギー粒子による放射がパルス放射の起源と考えられている。光度曲線がパルス状であることは放射領域が非等方な空間構造を持つことを意味するが、いくつかの異なる放射領域でもパルス波形の傾向が再現できることから、放射領域の位置はまだ決定できていない。
放射領域に対して、パルスの波形に加えて磁場構造の情報を持つ偏光観測を用いることでさらに強い制限を与えることが可能である。ただし、光度曲線や偏光はパルサーの自転軸と磁軸の傾き、また観測する角度に大きく依存することから、系統的に理解するには複数のパルサーの観測データが必要である。この点に関して、2021 年に打ち上げられた X 線偏光衛星 IXPE によりこれまでかにパルサーのみであった X 線偏光観測データが他の複数のパルサーでも得られる状況となった。しかし観測と比較対象の現在の偏光モデルは、これまでパルサーの自転軸に対して外向きの放射のみを考慮してきたが、ガンマ線に関しては電子陽電子対生成により無視できるものの X 線や可視光では内向きの放射が無視できないという問題がある。そこで我々はこの内向きの放射を考慮して放射領域と偏光の関係を系統的に調べた。この結果を用いて観測データと比較することで、放射領域が制限できると期待される。
講演c-12: 電場優勢領域でのForce-Free近似の破綻とプラズマ運動論効果
講演者名: 福本 優作、所属: 東京大学、学年: M1
ブラックホール(BH)や中性子星には流体のエネルギーに比べて磁場のエネルギーの方が遥かに大きな磁気圏と呼ばれる領域があると考えられている。特に磁気圏において、一般相対論的効果や磁力線再結合などによって、磁場に比べて電場の方が強い、電場優勢領域(Electric zone)が形成される可能性が高い。Electric zoneは粒子加速や相対論的ジェット形成に必要不可欠な電流を形成するうえで重要な領域であると考えられる。
磁気圏の電磁場を調べるために、プラズマの慣性力や圧力を無視したForce-Free(FF)近似を用いることが多い。Blandford & Globus(2022)[2]では、FF近似の元、Electric zoneでの電磁場の乱流がBHの回転エネルギーを磁場のエネルギーに変換するとして、BHの相対論的ジェットのエネルギー源を説明している。しかし、Levinson[1]によると、Electric zoneではプラズマ振動が無視できないほど大きくなるので、FF近似が適用できない。Electric zoneでは、電場のエネルギーはプラズマ振動によって散逸し、電場と磁場のエネルギーが同程度になるまで減衰する。
私はElectric zoneにおいてプラズマ振動によって電場が減衰する様子をLevinson(2020)[3]でも用いられるプラズマ運動の現象論的なモデルを使って、Levinson(2022)[1]のシミュレーション結果を再現した。また、磁場などのパラメータを変化させた時の散逸の違いについても議論した。
本講演ではLevinson(2022)[1]のレビューをして私の今後の研究の展望について述べる。
1.Levinson A., 2022, MNRAS, 517,1
2.Blandford R., Globus N., 2022, MNRAS
3.Levinson A., 2020, Phys. Rev. E, 102,063210
講演c-13: 自己重力レンズを起こすブラックホール・白色矮星連星系の観測可能性
講演者名: 久山 瞭、所属: 京都産業大学、学年: M2
宇宙に存在する恒星の多くは連星として誕生すると言われており、未だに解明されていないことが多い超新星爆発や降着円盤の形成といった現象は、連星の進化途中でも引き起こされると考えられている。これらの現象には連星系の進化が関わっているが、未だにそのシナリオは確立されていない。連星進化のシナリオによって、最終的に形成されるコンパクト天体の質量分布などが異なるため、逆にそれを利用してシナリオに制限を与えるということが可能になる。そこで本研究では、ブラックホールと白色矮星からなる連星系に注目し、連星進化モデルを用いて期待されるこのような連星系の個数や質量分布などを求めた。また、得られた質量分布などを用いて、ブラックホールがレンズ天体となり白色矮星を増光すると考えられる自己重力レンズ現象の観測可能性について検討する。
今回の発表では、連星進化のモデルとして COSMIC [1] という計算モジュールを用いて、適当な初期質量関数を仮定した計算で得られたブラックホール・白色矮星連星系の質量分布等を利用し、どのような自己重力レンズ現象が起きうるかについて紹介する。また、実際の観測データから自己重力レンズ現象の探査を試みた結果についても紹介する。
COSMIC を用いたブラックホール・白色矮星連星系の計算結果として典型的な値は、ブラックホール質量は10M_Sun、白色矮星質量は 3M_Sun、軌道周期は 100 日、自己重力レンズ現象が起こるイベントタイムスケールは 10 分となることが分かった。
講演c-14: 輻射輸送計算を用いた超臨界降着円盤の模擬観測に向けて
講演者名: ペレス アルバート健、所属: 筑波大学、学年: M1
ブラックホールの重力に捉えられたガスは、回転しながらブラックホールに落下する。この際に降着円盤が形成され、落下するガスの重力エネルギーを解放することで強力な輻射が発生する。特に質量降着率がエディントン限界以上の値を持つ円盤は超臨界降着円盤と呼ばれ、とりわけ強力な輻射を発する。超臨界円盤は、超高光度X線源の有力なモデルとされているだけでなく、初期宇宙に存在する超巨大ブラックホールが急速成長する際にも現れる可能性がある。
超臨界降着円盤の研究は、多次元輻射流体シミュレーションや、輻射磁気流体シミュレーションによって精力的に行われてきた。例えば共同研究者である芳岡尚悟氏らは、広大な計算ボックスを用いた大規模輻射流体シミュレーションを実施し、超臨界降着円盤の全体像を示した[1]。このように、超臨界降着円盤のより現実的な描像が得られつつあるにもかかわらず、超高光度X線源に超臨界円盤が存在するか、あるいはブラックホールが超臨界降着によって急速に成長したかについては、未だに明確な結論が出されていない。輻射流体シミュレーションとX線観測の比較が十分に行われていないからである。
そこで我々は、超臨界降着円盤のシミュレーションデータに基づいて輻射輸送シミュレーションを実施し、理論的に輻射スペクトルを生成する(いわゆる模擬観測)ことを目指す。本講演では、共同研究者の川島朋尚氏(東大宇宙線研)らによって開発された一般相対論的輻射輸送計算コードRAIKOU[2]について詳細に解説する。RAIKOUは、コンプトン散乱、制動放射、シンクロトロン放射といったブラックホール近傍で起こる輻射と物質の相互作用をおよそ全て実装しており、一般相対論効果も含まれている。Event Horizon TelescopeによるM87*のブラックホールシャドウの撮像の予言に成功し、観測データの理論解釈にも用いられた実績がある。また、RAIKOUを用いた超臨界降着円盤の輻射輸送計算についても議論を行う。
[1] Yoshioka, S., Mineshige, S., Ohsuga, K., Kawashima, T., & Kitaki, T., 2022, PASJ, 74, 1378
[2] Kawashima T., Ohsuga K., & Takahashi H. R. 2023, ApJ, 949, 101
講演c-15: 大質量ブラックホール周辺における恒星-円盤間衝突で駆動されるX線準周期性爆発の理論的研究
講演者名: 櫻井 雄太、所属: 京都大学、学年: M1
銀河の中心には数百万太陽質量を超える超大質量ブラックホール(SMBH)が存在することが知られている。SMBHは中間質量ブラックホール(IMBH;10^2-10^5太陽質量)を経由して進化したと考えられる。しかしSMBHの種として多く存在するはずのIMBHの観測例は数例のみと極めて少なく、銀河中心にあるSMBHの進化過程は未解明である。この問題の解決に向けて、銀河核に存在するBHの特性や周辺環境を調べる必要がある。
近年の観測により、GSN069の銀河核にある大質量ブラックホール(MBH)周辺領域からX線準周期性爆発が観測された。このMBHは3*10^5太陽質量と見積もられており、IMBHとSMBHの中間に位置する。X線準周期性爆発(QPEs)とは、銀河核にあるMBH周辺領域で数時間ごとに繰り返される強力なX線の放射である。これはMBHの周りを運動する恒星と、BHが近くを通過する恒星を引き裂く潮汐破壊現象(TDE)によってできた円盤との衝突によって駆動される放射であると考えられている[1]。この描像に基けば、QPEsは、銀河中心の周辺環境や銀河中心にあるMBHの性質や進化過程を解明する重要な手掛かりとなる。
本講演では、MBHの周りを運動する星と円盤との衝突というシナリオに沿ったシミュレーションを行い、ブラックホールの質量やスピンパラメータ、恒星の軌道を解明した論文[2]を紹介する。
[1]King,A.2020,MNRAS,493,L120
[2]Xian J.,Zhang F.,Dou L., He J., Shu X., 2021,ApJ,921,L32
講演c-16: 活動銀河核のX線スタッキング解析シミュレーション
講演者名: 曽我 天美、所属: 奈良女子大学、学年: M1
銀河中心に存在する超大質量ブラックホールの活動が活発で、強い電磁波の放射が見られる銀河核を活動銀河核(AGN, Active Galactic Nuclei)と呼ぶ。AGNの中でも特に活動が盛んなフェーズでは、エネルギー源となる周辺物質が豊富に存在することで強い自己吸収が起こり、X線で暗い場合が多い[1]。こういったAGNの性質を知ることはAGNの進化を理解する上で重要であると考えられるが、直接的な観測が困難であるためにその性質はよく分かっていない。
X線で暗いAGNの性質を調べる際に有効な解析手法の一つが、スタッキング解析である。スタッキング解析とは、複数天体のデータを重ね合わせて信号を浮かび上がらせる解析手法である。この解析手法はこれまでも用いられてきたが、天体のカウント数に一律の換算係数を乗じて光度を導出するという簡便な方法にとどまっており、精度よく天体の性質を評価するには改善の余地がある。
本研究の目的は、eFEDS(eROSITA X線望遠鏡の初期サーべイ)のAGNカタログ[2]から、光度や赤方偏移の近い天体をグルーピングしてシミュレーションを行い、スタッキング解析することで、精度よくX線光度を導出する方法について検討することである。そのため4通りの方法で解析を行い、天体ごとに光度導出する場合、換算係数を単純平均して光度導出する場合、天体の重みを考慮して換算係数を平均化する場合について比較した。
解析の結果、光度や赤方偏移が十分近い天体グループでは解析方法の違いによって結果に違いが生じなかったが、光度や赤方偏移のばらつきが比較的大きなグループの解析では、天体の重みを考慮して換算係数を平均化することで精度よく光度を導出できた。
今後は、観測時間の非一様性や望遠鏡のvignetting効果を考慮したより現実的な条件のもとでシミュレーションを行うことが課題である。
[1] Blecha, Laura, et al., 2018, MNRAS, 479, 4278
[2] Liu, Teng, et al., 2022, A&A, id.A5
講演c-17: ブラックホールジェットとして噴出するプラズマの起源の解明
講演者名: 及川 凜、所属: 東北大学、学年: M1
銀河中心に存在する超巨大ブラックホールは, 相対論的ジェットとしてプラズマを噴出することがある. 相対論的ジェットのエネルギー源については, ブラックホール(BH)の回転エネルギーであるとするBlandford-Znajek (BZ) 機構が有力である[1]. しかし, ジェットとして噴出するプラズマの起源については, 議論の余地が残る. 特に, M87に付随するジェットの電波観測が示すプラズマの供給量を説明できる理論モデルは今まで存在しなかった.
そこで, 私は電波観測から要求されるジェットへのプラズマ供給量を初めて説明することに成功したKimura & Toma (2022)の理論モデルについて講演する.
BZ機構では, BH降着円盤は磁場優勢状態(Magnetically Arrested Disk: MAD)であると予想され, 近年の一般相対論的磁気流体シミュレーションによれば, 降着円盤がMADの時は赤道面付近で磁気リコネクションが起きると示唆されている[3]. Kimura & Toma (2022)はこのシミュレーションの状況を元に, BH近傍での磁場リコネクションに由来するガンマ線が電子陽電子対生成を起こすことで, ジェットへプラズマが供給されるモデルを提唱した. この理論によれば, 過去に提案されてきた理論モデルに比べ, 今回のモデルでは10万倍ものプラズマがジェットへ供給され観測結果を説明できることがわかった. さらにプラズマ注入の際に付随するX線フレアも予測し, このフレアは次世代のX線観測衛星で観測可能であることを明らかにした.
また, このモデルを自身の研究分野であるTidal Disruption Event (TDE)に適用することで, 興味深い問題の一つであるTDEの電波増光を説明できるかの議論についても行う.
1. Blandford, R. D. & Znajek, R. L. 1977, MNRAS, 179, 433
2. Kimura, S. S., & Toma, K. 2022, ApJL, 937, 34
3. B. Ripperda et al. 2022, ApJL, 924, 32
講演c-18: 活動銀河核ジェットにおけるプラズマ加速の相対論的磁気流体シミュレーション
講演者名: 越水 拓海、所属: 東北大学、学年: M1
活動銀河核(Active Galactic Nuclei ; AGN)の多くは相対論的な速度に加速されたプラズマ噴射(ジェット)を有する。プラズマ加速のエネルギー源は、AGN中心のブラックホール(BH)の回転エネルギーがジェットの根元で変換されることで優勢となった電磁場のエネルギーを介して供給されると考えられている。しかし、電磁場のエネルギーがプラズマの運動エネルギーに変換するメカニズムは解明されていない。このエネルギー変換メカニズムを解明するための相対論的磁気流体(RMHD)シミュレーションが行われてきた。McKinney (2006)では降着円盤からのアウトフローによりジェットが放物状に絞られることが示された。しかし、プラズマ加速としてローレンツ因子Γ~10を報告したAGNジェットの観測結果(Sikora et al. 2005)を再現することは出来なかった。
本講演ではAGNジェットのプラズマ加速に成功したRMHDシミュレーションであるKomissarov et al. (2007)を中心に紹介する。ジェットの境界を軸対称の固定された壁を置くことで、計算領域の拡大と長時間の計算を可能にした。その結果、ローレンツ因子Γ~10を説明するプラズマ加速を初めて追跡することができた。しかし、AGNジェットの観測結果(Sikora et al. 2005)ではBHからR=10^3-10^4 r_s (r_s:シュバルツシルト半径)離れた領域でポインティングフラックスと物質のエネルギーフラックス(静止質量と運動エネルギーフラックスの和)の比 σ=0.1に対して、Komissarov et al. (2007)ではR=10^3-10^4 r_sでσ~0.5となり観測結果と合わない。σが小さいほどその位置でプラズマの運動エネルギーが優勢であるため、プラズマ加速 がBHにより近い領域で行われていることを示唆する。このような観測結果との差異は壁の境界条件に起因すると考えられる。この問題について近年の進展を報告する。
S.S.Komissarov et al. 2007 MNRAS, 380, 51
McKinney, J. C. 2006, MNRAS, 368, 1561
Sikora M. et al. 2005, ApJ, 625, 72
講演c-19: IXPE衛星とかなた望遠鏡を用いたブレーザーの多波長偏光観測
講演者名: 栃原 淑慧、所属: 広島大学、学年: M1
AGNの中には、相対論的な速度を持ったプラズマの噴流であるジェットを持つものがある
。そのジェットの中でも特に、噴出方向が視線方向とほぼ一致している天体をブレーザー
という。ブレーザーは、ジェット内に存在する高エネルギー電子と磁場が相互作用するこ
とによりシンクロトロン放射をしており、電波および可視光で強い直線偏光を示す。また
、偏光度は天体によっては1日に10%以上変化することもあり、光度変動のタイムスケール
も様々である。しかしながら、こういった光度と偏光の時間変動がどのようなメカニズム
で発生しているかは、はっきりとは解明されていない。
そこで本研究では、X線偏光観測衛星であるIXPEのデータと広島大学が保有するかなた望
遠鏡の可視光近赤外の偏光観測を組み合わせた、ブレーザーの系統的な多波長解析を行う
。また、得られたデータを用いることでブレーザーのX線放射領域と可視光放射領域との関
係性や磁場構造の解明を目指す。
本講演では、IXPEと同時観測したかなた望遠鏡の観測結果を報告するとともにX線・
可視光のデータ比較を行い議論する。
講演c-20: ブレーザーのX線偏光から探る相対論的ジェットのエネルギー散逸機構
講演者名: 米永 直生、所属: 東北大学、学年: M1
ブレーザーは、活動銀河核の大質量ブラックホールにより駆動される相対論的なジェットをほぼ真正面から観測した天体である。その放射は非熱的に加速された粒子からのシンクロトロン放射と逆コンプトン散乱だと考えられている。しかし、ジェットがエネルギーを散逸させ放射に至るまでのプロセスは未解明であり、相対論的ジェットの駆動機構に関わる重要な謎である。これまで考えられてきたエネルギー散逸機構は、磁気流体不安定性により引き起こされる磁気リコネクションとプラズマ同士の衝突により起こる内部衝撃波の2つであり、これらを放射スペクトルから区別することは困難である。そこで、Tavecchio et al. 2018[1]と Tavecchio 2021[2]は偏光に注目し、2つの散逸機構における可視とX線の多波長偏光モデルを構築した。磁気リコネクションモデルでは、可視とX線の放射領域がほぼ同じであるため偏光度の違いがないのに対し、内部衝撃波モデルでは、衝撃波面からの距離に応じて磁場構造が変化するためX線の偏光度が可視光よりも高くなることがわかった。近年、X線偏光観測衛星IXPEが打ち上げられ、ブレーザー Mrk 501の偏光の観測が行われた(S.Abe et al. 2024[3])。本講演では、Tavecchio et al. 2018とTavecchio 2021のモデルを用いて観測データの解釈を行い、そのモデルの妥当性を議論する。
1. Tavecchio F. et al., 2018, MNRAS, 480, 2872-2880
2. Tavecchio F., 2021, Galaxies, 9, 37
3. Abe S. et al., 2024, eprint arXiv:2401.08560, Accepted for publication in Astronomy & Astrophysics.