アブスト:素粒子・重力・宇宙論分科会

講演a-1: NANOGravによる重力波測定とブラックホール連星系観測の整合性

講演者名: 草壁 克典、所属: 大阪大学、学年: M1

超大質量ブラックホール(SMBH)の連星系(SMBHB)は、ブラックホールの進化経路の一つである合体の元になる点で重要な研究対象である。SMBHBはその合体過程で重力波を放射すると考えられ、その検出はPulsar Timing Array(PTA)プロジェクトにより行われている。PTAは、重力波が通過したことによるタイミング残差を捉える手法で、nHz帯域の重力波検出を行う。昨年PTAの一環であるNorth American Nanohertz Observatory for Gravitational Waves (NANOGrav)は、SMBHBが主たる発生源と考えられる確率的重力波背景放射(SGWB)の存在を示唆するシグナルを報告した[1]。この重力波観測のデータと、電磁波観測から予測されるSGWBを比較することで、両者の観測の整合性が検証できる。電磁波観測の面からSGWBスペクトルを推定する際には、銀河- SMBH間の質量相関を用い、銀河合体をSMBH合体に変換するモデルが一般に用いられてきた[2,3]。しかし、このモデルはSMBHの質量推定について局所宇宙での観測結果を用いており、高赤方偏移での質量推定の不定性などの面で曖昧さを含んでいる。
そこで、本研究では活動銀河核(AGN)のペアの割合 (Dual AGN fraction) [4,5,6]及びAGNについてのX線光度関数[7]といったSMBHの直接的な観測量に基づきSGWBスペクトルを推定した。その結果、James Webb Space Telescope (JWST)やSwift Burst Alert Telescope (BAT)で報告されているような高いDual AGN fraction (~10-20%)[4,5]に基づく推定では、NANOGravによるSGWBの観測値と整合的であることが分かった。一方、Subaru Hyper Suprime-Cam (HSC)において報告されているDual AGN fraction(~ 0.26%)[6]に基づく推定では、NANOGravのシグナルを2桁下回り、AGNのX線光度関数から予測されるよりも重い部類のブラックホール(≥10^9 M_sun)をより必要とすることが分かった。
本講演ではSMBHBの観測毎の相違及びそれらに基づくSGWBスペクトルと重力波シグナルとの乖離が示唆する結果について議論する。

1. Agazie, G., et al., ApJL, 951, L9, 2023
2. Chen, S., Sesana, A., & Conselice, C. J., MNRAS, 488, 401, 2019
3. Sesana, A., Vecchio, A, & Voloteri, M., MNRAS, 394, 2255, 2009
4. Perna, M. et al., arXiv:2310.03067, 2023
5. Koss, M. et al., ApJL,746, L22, 2012
6. Silverman, J.D. et al., ApJ, 943, 38, 2020
7. Ueda, Y., Akiyama, M., Hasinger, G., Miyaji, T., & Watson, M. G., ApJ, 786, 104, 2014

 

講演a-2: PTA(Pulsar Timing Array)による背景重力波の検出

講演者名: 加藤 杏実、所属: 筑波大学、学年: M1

重力波は1916 年アインシュタインによりにその存在が予言され、そして2015 年にアメリカのレーザー干渉計重力波観測所 LIGO で初めて重力波の直接検出がなされ、それ以来100 個程度の重力波イベントが検出されている。LIGOや日本の検出器KAGRAは地上に設置されているため検出器のアーム長に限界があり、長い波長の重力波を検出するのが難しい。そこで宇宙空間内に地球-パルサー間というアーム長を取り、より小さい周波数を捉えようとしたのがPTAという検出方法である。
PTAではパルサーと呼ばれる、強い磁場を持ち自転周期がミリ秒程度の高速に回転する中性子星を利用しており、パルサーから放射される規則的なパルスの周期を精密に測定し、重力波の通過によって生じる周期の微小な変化を捉える。ただし微小な変化は100ナノ秒程度で現在の検出器の精度では検出が厳しいため、複数のパルサーの周期変化の相関をとることによって重力波による影響を確認できる[1]。また、PTAのプロジェクトを行っている北米ナノヘルツ重力波観測所 (NANOGrav)の12年半の観測結果[2]により背景重力波の手がかりになる重力波の低周波数側のスペクトルが検出されつつある。背景重力波とは個別に分解できないような重力波源から放射された重力波を重ね合わせたもので、検出されたスペクトルはこの背景重力波によるものではないかと考えられている。これは背景重力波の放射に重要な役割を果たしている超巨大ブラックホール形成の謎を解明する一歩となる。

1. Hellings R., Downs G., Astrophysical. Journal, Lett. Ed. (United States), 265, 39(1983)
2. M. F. Alam, et al. Astrophysical Journal Suppl. 252, 4 (2021)

 

講演a-3: Chern-Simons重力におけるアクシオンの役割と重力波観測によるダークマター探査の可能性

講演者名: 伊藤 勘太、所属: 名古屋大学、学年: M1

現在、宇宙のエネルギー密度の約4分の1を占めるダークマターの正体を突き止める事は、宇宙論において極めて重要なテーマである。ダークマターの有力な候補の1つがアクシオン (Axion) である。アクシオンの中でも、素粒子物理学における強いCP問題を解決するQCD Axionや、ダークマター候補として広い範囲の質量が考えられるAxion Like Particles (ALPs) は特に強い関心を集めている (以下総称してアクシオンと呼ぶ) 。これらの性質を明らかにしていくことは、宇宙の理解において最重要である。
アクシオンに注目した理論モデルの中では、光子とアクシオンの相互作用するモデルが特に詳細に研究されているが、本研究では一般相対性理論の自然な拡張理論であるChern-Simons (CS) 重力と呼ばれる、アクシオンと重力の相互作用するモデルを考える。このモデルでは、アクシオンのスカラー場とスカラー曲率との積を作用に加える (CS項) ことで、インフレーション後にパリティの破れた重力波が放出される。アクシオンの質量と生成される重力波の周波数には関係があり、本モデルではnHz帯およびmHz帯の重力波観測によって将来的な観測が可能である。本発表では[1]をレビューし、将来的な重力波観測がダークマター探査や宇宙論研究に及ぼす影響について議論する。

参考文献
[1]Mingqiu Li et al. arxiv:2309.08407

 

講演a-4: Kalb-Ramond場と重力パリティの破れ

講演者名: 堀井 優希、所属: 立教大学、学年: M1

一般相対論(GR)は近日点移動等の太陽系スケールにおける観測結果を精度良く説明する。しかし、強重力場中での検証は十分ではない。2015年にブラックホール連星からの重力波が直接観測され、GRを強重力場で検証することができるようになった。更なる重力波の観測計画(LISA計画等)も進行しており、GRが破れている証拠の発見が期待されている。これらの観測が行われた際にGRの比較対象としてGRを超える理論を用意し準備しておく必要がある。
重力波は2つの自由度を持つ。重力波を円偏光の基底で展開すると、波の進行方向に対してそれぞれ右巻きと左巻きに回転する独立な2つの振動モードに分解できる。左巻きモードは鏡像反転(パリティ変換)で右巻きモードに変換される。この2つのモードが異なる振幅や伝播速度を持つ時、重力波のパリティ対称性は破れている。重力パリティは右巻き左巻き重力波の伝播速度や振幅の差により検証可能である。GRから予想される2つのモードの伝播速度や振幅は一致するため、GRにはパリティ対称性がある。したがって、重力パリティが破れている場合、GRを超える理論が要請される。弦理論の立場からダークマターの候補ともみなされているKalb-Ramond場(KR場)という物質場として扱われる場が重力場と非最小結合したモデルから生じる重力波はパリティ対称性を破る可能性がある[1]。
本発表では文献[1]をレビューする。文献[1]ではKR場を電磁場テンソルとの類似性を用いてパラメータ化する。KR場のパラメータが与える、重力波の伝播速度や複屈折への影響を検証する重力波の観測結果と比較することで、これらのパラメータを制限する。
1.Tucker Manton and Stephon Alexander, arXiv:2401.14452

 

講演a-5: Ringdown重力波の解析におけるovertoneの重要性

講演者名: 鈴木 幹基、所属: 東京大学、学年: M1

連星ブラックホール(BH)の合体後は,歪んだBHが形成されて,このBHは重力波を放射して定常的なBHに落ち着く.この過程をringdownという.このときに放射される重力波の波形は,合体後のBHの準固有振動に対応する減衰正弦波の重ね合わせになることが知られている. これまで,合体直後は非線形性の影響を受けると考えられていて,合体から一定の時間をおいてringdownの解析が行われていた.しかしこの領域では信号が弱くなってしまい,解析が困難であった.ところが,[1] ではovertoneと呼ばれる,基底の振動モードよりも大きな振幅を持つが早く減衰するような振動モードを考慮して,LIGO Livingston,LIGO Hanfordで観測された世界初の重力波観測イベントGW150914の観測データを用いて解析したところ,合体直後から解析してもringdown波が正しく見られることが示された.また,[1]ではovertoneを考慮してringdown波から合体後のBHの質量とスピンを推定し,数値相対論的な結果と比較することで,一般相対論の検証を行っている.重力波望遠鏡の感度がさらに向上すれば,この解析によってさらに多くのイベントについて一般相対論の検証が行えると期待される.
本発表では,overtoneを考慮したringdownの解析方法についてレビューするとともに,今後の展望について述べる.
参考文献
[1] M. Isi, M. Giesler, W. Farr, M. Scheel, and S. Teukolsky, arXiv:1905.00869, 2019

 

講演a-6: バースト重力波の検出・解析の方法について

講演者名: 高田 和輝、所属: 東京大学、学年: M1

本発表ではバースト重力波の特徴と解析方法をレビューする。バースト重力波とは継続時間が短くかつ波形予測ができない重力波である。重力波はその波形に一定の型(テンプレート)があるものと、イベント毎に様々な波形を見せるものがある。テンプレートが予めよく分かっている場合、Matched filter法という手法で重力波を検出する。これは理論波形と観測データの相関が最も大きくなるように元の波形のパラメータを決定する方法である。例えばコンパクト連星合体の重力波形は理論的に予測されており、この検出・波形の決定にMatched filter法が適用されている。一方でコア崩壊型超新星爆発やガンマ線バースト、ソフトγ線リピーター等の放出する重力波に関しては、その放出メカニズムに流体不安定性といったランダムな機構が含まれていることや、そもそも発生機構が正確に分かっていないこと等から、テンプレート波形が存在しない。そのような重力波を検出するためには、先ほどのMathed filter法は使えず、別の手法であるExcess power法やコヒーレントネットワーク解析が考案されている。本発表ではそれらの解析方法を説明する。

 

講演a-7: 重力波を用いた原始ブラックホールの探索手法の開発

講演者名: 村上 靖洋、所属: 東京大学、学年: D1

本研究では、太陽質量未満のコンパクト連星合体 (SSM CBC:Sub-Solar Mass Compact Binary Coalescence)からの重力波信号を探索するための手法を開発して、実際の重力波観測データに適応することを目指す。世界最高感度の重力波望遠鏡を有するLIGO – Virgo – KAGRA collaboration(LVK)では、太陽よりも重いブラックホール・中性子星がなす連星の探索に加えて、恒星進化の標準理論では形成されないような太陽質量未満のブラックホールを含む連星の探索も行われている。このような天体の有力な候補として、宇宙初期に作られた原始ブラックホール(PBH: Primordial Black Hole)がある。PBHは、初期宇宙や暗黒物質の謎を解明する重要な天体の一つであり、これの発見は大きな意味を持つ。しかし、このような太陽質量未満の質量領域の信号の継続時間は非常に長く、その探索感度は解析の計算コストや要求メモリーによって制限されている。また、波形が長くなることによって地球の自転の効果が無視できなくなったり、検出器のノイズの変化を追えなくなってしまい、両者とも信号の長さに比例してその影響は増加していく。 このような問題を解決するために、長い信号を時間で分割しその分割されたそれぞれの波形で観測データと相関をとっていく手法を紹介し、実際の観測データに対して適応してみる。最終的にはPBHの暗黒物質に対する存在量の制限を行うつもりである。

 

講演a-8: 重力波観測による中性子星の状態方程式の制限

講演者名: 宮園 隼人、所属: 京都大学、学年: M1

本講演では[1]とその応用をレビューする。
物理学の基本法則である強い相互作用の理解のためには、核物質の相図全体を明らかにすることが必要である。特に、相図の低温高密度側は地上実験による検証が難しく、中性子星内の圧力と密度を結ぶ状態方程式(EoS)の解明が有効な検証法である。そして、EoSの決定には中性子星の質量-半径関係の制限が重要な鍵となり、連星中性子星合体由来の重力波はその有力なプローブである。
このような背景のもと、[1]以前の研究では中性子星の内部構造の影響が顕著な、合体終期の高周波数重力波が注目されてきた。しかし、周波数が重力波干渉計LIGOの観測帯域から外れる、重力波波形が星の自転など複数の未知数に依存する、など課題も多かった。
対して[1]は、LIGOで観測可能な、連星合体初期に放射される低周波数重力波に着目した。この場合、重力波波形は中性子星の質量と潮汐変形率の2つのみで記述される。そのため、先行研究やX線観測等の他の方法と比べ質量と半径をより強く制限できる。
具体的には、潮汐力と、連星軌道および重力波放射エネルギーとの関係を定式化し、重力波の位相のずれから潮汐変形率を得る手法を提案した[1]。この手法により、中性子星の半径Rに上限を与えることができる。また、仮に2007年当時の重力波検出器で1.4太陽質量の中性子星からの重力波を受けた場合、潮汐変形率を90%の精度で制限できることを示した[1]。
2017年にはこの手法を用い、連星中性子星合体由来の重力波(GW170817)波形から潮汐変形率の制限[2]、更にR≦13.5kmの上限とEoSへの制限が与えられた。例えば、特異な核物質相の出現によるEoSの軟化を説明するため圧力を大きくしたモデルのいくつかが棄却された。本講演ではこれらに加え、今後の重力波観測とさらなるEoSの制限の展望も述べる。
[1]E. E. Flanagan and T. Hinderer, Phys. Rev. D 77, 021502 (2008)
[2]B. P. Abbott et al. (LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration)
Phys. Rev. Lett. 119, 161101 (2017)

 

講演a-9: メモリー効果と量子性の解析

講演者名: 前田 新也、所属: 名古屋大学、学年: M2

重力量子論研究は長年、基礎物理学のフロンティアであり続けている。その過程で弦理論やループ量子重力理論など、様々なトップダウン型の発見が生み出されてきた。これに加えて最近、卓上実験型の研究が押し進められている。この型は文字通り、実験室の卓上で行われるようなエネルギー領域での研究分類を指す。例えばBMV実験と呼ばれる思考実験がある。これは重力源と検出器をそれぞれ重ね合わせにし、2種類の量子重力モデルのもとでの位相の時間発展と量子もつれの有無を示したものである。この型の研究のメリットは量子制御技術の発展に伴い、近い将来での検証可能性が見込まれている点にある。
まず、キリングホライゾンがあると重ね合わせの情報が吸い込まれていく現象を推量したDanielson, Satishchandran, Wald (2022)の論文をレビューする。そしてこれに基づき卓上実験型を発展させた研究として、メモリー効果を用いて実際に解析した結果を発表する。メモリー効果とは重力波が検出器を通過する前後では配位の変化が残り続ける現象のことであり、重力検出の分野において注目されている。

 

講演a-10: カーブラックホール周りの回転する天体の可積分性について

講演者名: 山本 聡一、所属: 京都大学、学年: M1

本講演では文献[1]に基づいて、ブラックホール周辺における天体の運動の可積分性についてレビューを行う。[1]では一般相対性理論の枠組みにおいて、回転する天体の運動を解析するための共変ハミルトン形式を提示する。この形式をカーブラックホールに適用することで、天体の運動がスピンの線形項および二次項において可積分であることを証明する。
1968年時点で、カー時空における測地線の運動は可積分であり、このカー時空のキリング・矢野テンソルがその運動の可積分性を保証することがB.Carterによって示された[2]。しかし、スピンが加わった場合、この可積分性が保たれるかどうかは長らく議論されてきた。[1]では可積分性を示すために任意の時空における天体のスピン二次項までの運動を記述する共変的な5次元ハミルトン形式を構築する。この形式をカーブラックホールに適用することで、第一積分が十分に存在し、系が可積分であることを示す。
この結果は、スピン誘導カオスに関する従来の数値的な予想に対して新たな光を当て、スピンの効果を考慮に入れた重力波モデルの改善に役立つことが期待される。

1. P. Ramond, arXiv:2402.02670
2. B. Carter, Physical Review 174, 1559 (1968)

 

講演a-11: ブラックホールの影と光子軌道の安定性

講演者名: 吉田 壮希、所属: 京都大学、学年: M1

近年、ブラックホールの影が直接観測されるようになったため、ブラックホールの影からより多くの情報を引き出すための理論整備が重要になってくると考えられる。本発表では[1]に基づき、ブラックホールの時空の特性によってその影がどのように決定されるかを考察する。
Schwarzschildブラックホールは平面上に円形の光子軌道(light ring, LR)を持つ。このLRは光子軌道の摂動に対して不安定であるため、このLRの集まりは光がブラックホールに落ちるか無限遠に飛んでいくかの境界となり、ブラックホールの影を決定する。従ってLRの安定性は球対称なブラックホールの影の決定において重要な役割を果たす。
一方、Kerrブラックホールの場合は球対称性がないため、LRは赤道面上にしか存在せず、LRだけでは影を決定できない。そのため、(Kerrに限らない)軸対称なブラックホールの影を考察するために、一般には平面・円形ではない束縛された光子軌道であるfundamental photon orbit (FPO)を導入し、様々なブラックホールにおいてFPOを分類した上で安定性を議論することが有用である。
FPOの安定性がブラックホールの影の決定にどのような役割を果たすかを考えるために、ここでは安定なFPOが存在しないKerr計量と、存在しうるKerr with Proca hairのそれぞれについて、ブラックホールの影がどのように決定されるかを考察する。特にKerr with Proca hairでは、安定なFPOが存在する場合には、その影は特徴的な尖った形となることを見る。
1. P. Cunha, C. Herdeiro, and E. Radu, “Fundamental photon orbits: black hole shadows and spacetime instabilities” , Phys. Rev. D 96, 024039 (2017).

 

講演a-12: Schwarzschild時空における測地線の再検討

講演者名: 関根 粛稀、所属: 立教大学、学年: M1

ブラックホールは現代における最も標準的な重力理論である一般相対論によって予言される天体である。ブラックホールは強い重力場によって光さえも脱出できないなどの興味深い性質を持ち、近年では、Event Horizon Telescopeが銀河中心ブラックホールの撮影に成功した。一般相対論が発表された直後、Schwarzschildによって一般相対論の基礎方程式であるEinstein方程式を球対称かつ静的であるという条件の下に解いた厳密解が導出された。これはSchwarzschild解と呼ばれ、ブラックホール時空構造を持っているEinstein方程式の最も単純な解である。以降、この解によって記述されるSchwarzschild時空での運動する物体や光の軌道を理解するための研究が現在まで続いている。
本発表では論文[1]のレビューを行う。Schwarzschild測地線方程式の解の表し方は様々であるが、今回用いるのはBiermann-Weierstrassの定理に基づいたWeierstrass楕円関数である。これを用いて測地線方程式の解を表し、Schwarzschild時空における物体の軌道を記述するTimelike測地線と光の軌道を記述するNull測地線についての議論を行う。

1. Adam Cieślik and Patryk Mach, Class. Quantum Grav. 39 225003

 

講演a-13: 古典的なdouble copyについて

講演者名: 大西 悠稀、所属: 京都大学、学年: M1

近年、重力理論とゲージ理論の間に(重力理論)=(ゲージ理論)^2のような対応(double copy)が成立する可能性が発見された。ゲージ理論の摂動論は非常に理解が進んでいるが、重力理論は摂動論においても無限に高階微分項があり理解が進んでいない。double copyはこれらの一見異なる理論の間に単純な関係が成立することを示唆しており、重力理論の解析に大きな役割を果たすことが期待されている。
このdouble copyの代表例としてBCJ対応と呼ばれる対応が知られている。これは(重力の散乱振幅)=(ゲージ理論の散乱振幅)^2のような対応である。tree levelにおいて成立することが証明されており、all orderで成立することが期待されている。
本発表では、BCJ対応から予見される古典的なdouble copy[1]に関してレビューをする。まず、ゲージ理論の解と定常的なKerr-Schildタイプの計量がdouble copyにより対応付けられることを示す。その例として、Schwarzschild計量がCoulombポテンシャルと対応し、Kerrブラックホールが自転する電荷のポテンシャルと対応することを見る。さらに、このdouble copyが定常Kerr-Schild解に限らないより広いクラスの解に対しても拡張できる可能性について議論する。このdouble copyについてのより深い理解は、重力理論のさらなる発展に繋がるものである。
[1] R. Monteiro, D. O’Connell, and C. D. White arXiv: 1410.0239v2 [hep-th], 2015
[2] Z.Bern, J.Carrasco, and H.Johansson, New Relations for Gauge-Theory Amplitudes, Phys. Rev. D78(2008)085011, [arXiv:0805.3993]

 

講演a-14: 複素スカラー場を用いたワームホール解と安定性解析

講演者名: 林 知哉、所属: 大阪公立大学、学年: M1

一般相対性理論特有の時空構造の一つとしてワームホールがある。通過可能なワームホールが安定的に存在するためにはNullエネルギー条件を破るようなエキゾチック物質が必要だと考えられている。エキゾチック物質を導入する方法はさまざまであるが、その一つにスカラー場のラグランジアン密度の負の運動項を持つゴーストスカラー場を用いる方法がある。今まで、実ゴーストスカラー場を用いたワームホール解の解析は頻繁に行われてきたが、複素ゴーストスカラー場を用いることは少なかった。複素ゴーストスカラー場を用いることで、ボゾン・スターの構築に用いられる複素カノニカル・スカラー場の場合と同様に、調和的な時間依存性を導入することができる。
そこで本論文では、4次自己相互作用を持つ複素ゴーストスカラー場を導入することで自明でない時空トポロジーを持つ均衡方程式を導き、球対称で漸近的に平坦な平衡解を得た。そして、その解の線形半径摂動に対する不安定性を示す。
解析の結果、複素ゴーストスカラー場を用いても安定解が得られないことがわかった。

 

講演a-15: エネルギー条件を破る物質を要求しない通過可能ワームホール

講演者名: 田中 孝輔、所属: 大阪公立大学、学年: M1

一様宇宙の真空解の一つに Taub-NUT 解がある。Taub-NUT 解は2つの地平面を持つブラックホール時空である。Taub-NUT 解は質量と NUT-charge と呼ばれる 2 つのパラメーターで特徴付けられる。
Brill は Taub-NUT 解に対応するような電荷と磁荷を持つ非真空解を導いた。このブラックホール時空を一般に Reissner-Nordstrom-(Taub-)NUT(以下、RN-NUT)解と呼ぶ。RN-NUT解は RN 解と同様にパラメーターの値により、地平面の数が 2 個、1 個、0個の 3 つの場合が考えられる。地平面が0個の場合、RN 解では裸の特異点が現れてしまうが、RN-NUT解では NUT-charge の寄与により特異点は現れず、ワームホール時空となる。
通過可能なワームホールは Null エネルギー条件を破るような物質を要求することが知られている。しかし、RN-NUT ワームホールは極軸上に宇宙ひもが存在する代わりに、通過可能なワームホールでありながらそのような物質を必要としない。
RN-NUT ワームホールは、ワームホールの存在をより現実的なものとし、ワームホールの存在を認めるモデルの裏付けとなり得るかもしれない。

 

講演a-16: シフト対称GLPV理論におけるhairyな静的球対称ブラックホール解

講演者名: 西村 俊太、所属: 東京理科大学、学年: M1

宇宙の加速膨張を理論的に説明する一つの方法として,一般相対論(GR)を拡張した「修正重力理論」があり,現在盛んに研究されている.その中でも,「スカラーテンソル理論」と呼ばれる,GRにおいて重力を記述する計量場に加えて,新たにスカラー場を導入した理論が存在する.ここから更に,エネルギーが下に有界になるように,運動方程式が3階微分以上の高階微分項を含まないよう構成された,Horndeski理論がある.一般的に,電磁気力と重力のみを考えた際,「ブラックホール(BH)は質量,角運動量,電荷により完全に特徴づけられる」という無毛定理が成立している.実際に,「スカラー場が定数シフトしても変化しない」という,シフト対称性を取り入れた,Horndeski理論のサブクラスにあたるGalileon理論においても,静的球対称時空を考えた時,この無毛定理が成立していることが先行研究によって明らかにされている[1].しかしながら,同様の場合で,スカラー場が線形時間依存性を持つ場合には無毛定理が破れる(hairyな解を持つ)ことが分かっている[2].さらに, Horndeski理論を拡張したGLPV理論のサブクラスにおいて,スカラー場がシフト対称性かつ線形時間依存性を持つ場合を考えると,hairyなBH解を持つことが示されている[3].本発表では,文献[3]のレビューを行い,BH解の性質に関してより詳しく議論する.
[1]L. Hui and A. Nicolis, Phys. Rev. Lett. 110, 241104 (2013) [arXiv:1202.1296 [hep-th]].
[2]E. Babichev and C. Charmousis, JHEP 08 (2014), 106 [arXiv:1312.3204 [gr-qc]]
[3]A. Bakopoulos, C. Charmousis, P. Kanti, N. Lecoeur and T. Nakas. (2023) [arXiv:2310.11919 [gr-qc]].

 

講演a-17: 繰り込み可能な U(1)_{L_{\mu}-L_{\tau}}ゲージボソンとマヨロンによるハッブルテンションの解決

講演者名: 佐藤 龍政、所属: 横浜国立大学、学年: M2

g_{\mu}-2アノマリーを説明するための有力なモデルとしてU(1)_{L_{\mu}-L_{\tau}}モデルが存在する。しかし、この模型は繰り込みが不可能である。そのため、このモデルを拡張した繰り込み可能なU(1)_{L_{\mu}-L_{\tau}}モデルを用いてハッブルテンション問題について説明できるかを検証する。ハッブルテンション問題はハッブル定数が直接観測と間接観測で値が異なることである。間接観測では素粒子の標準理論を仮定している。そのため、本研究では素粒子の標準模型を拡張し、繰り込み可能なU(1)_{L_{\mu}-L_{\tau}}としたときハッブルテンション問題を解決できるかを検証する。先行研究においてはMeV領域では解決できないことが示されているため、より高い温度帯では解決できるかを模索する。本研究はIceCube Gap問題についてもアプローチすることができるモデルである。

 

講演a-18: 重力レンズ効果の実体化:光学レンズ設計と3Dプリンターの活用

講演者名: 西原 翼、所属: 甲南大学、学年: M1

アインシュタインの一般相対性理論では、天体の作る重力場により光が湾曲される事が予言されている。この効果により、観測者と光源の間の天体がある種のレンズの役割を果たすことから、この現象を重力レンズ効果と呼ぶ。重力レンズ効果により湾曲される光線の曲率は理論的に計算されており、この計算はこれまでの観測の結果によりその整合性が確認されている。しかしながら、こういった宇宙の様々な現象は視覚や感覚に訴え理解するのは難しい。現在はコンピューターやシミュレーションを使った動画などが活躍しているが、実物の教具があれば、より視覚的、感覚的に理解しやすいだろう。本発表では、弱い重力場近似した質点の重力レンズ効果による光の折れ曲がり方と光学レンズによる光の折れ曲がり方について概観し、重力レンズと同じような光の折れ曲がりを再現する光学レンズの設計法について横尾他(1998)の理論をベースに議論する。さらに重力レンズと同じ屈折の仕方をする光学レンズを、3Dプリンターを用い設計、製作する。

 

講演a-19: WMAP 7-yearデータを用いた初期ベクトル型揺らぎと原始磁場生成に関する制限

講演者名: 由良 海翔、所属: 名古屋大学、学年: M1

銀河や銀河団において磁場が存在することを示す観測的証拠があるが、今のところそのような大規模な磁場の起源は未解明である。放射優勢期の宇宙では、光子と電子、電子と陽子が相互作用によってそれぞれ強く結合して一つの流体のように振る舞う。この流体は、宇宙論的摂動の内、ベクトルの性質を持つベクトルモードから誘起される速度で回転するとされている。これら2種類の相互作用の強さの違いと電子と陽子の質量差によって、電子と陽子の回転速度に違いが生じる。これによって生じた電流が磁場を生成することが提案されている[1]。ベクトルモードは、非等方ストレスがなく完全流体が存在するフリードマン宇宙では減衰モードしか持たず、ベクトルモードの宇宙論観測に及ぼす影響は無視できると言われてきた。しかし、宇宙のエネルギー分布にニュートリノのような自由流動粒子による非等方ストレスが存在すれば、ベクトルモードに成長モードが存在することが発見されている[2]。
本発表では、論文[3]のレビューを行う。最初に予備知識としてベクトルモードの諸方程式及び強結合近似下でのその解について紹介し、WMAPのCMB観測データを用いた初期ベクトルモードの量に関する制限について説明する。次に、初期ベクトルモードから生成される磁場のスペクトルを計算し、原始磁場の大きさの上限を与える方法とその結果について説明する。最後に、本論文におけるWMAP観測データをPlanckによるものにアップデートし、解析を行った結果も発表する。

[1]E.R.Harrison, Mon. Not. R. Astron. Soc. 147, 279, 1970
[2]Antony Lewis, Phys. Rev. D, 70, 043518, 2004
[3]Kiyotomo Ichiki et al., Phys. Rev. D, 85, 043009, 2012

 

講演a-20: 超伝導宇宙ひもの安定性

講演者名: JHUN JINYOUNG、所属: 立教大学、学年: M1

初期宇宙において,宇宙の膨張により対称性の自発的破れが起きたと考えられている.しかし,物質場のあらゆる点で一律的に対称性が破れるのが不可能な場合があり,その結果として位相欠陥が現れると予想される.特に,\;1次元的に形成された位相欠陥のことを\textbf{宇宙ひも}と呼び,その痕跡が宇宙背景放射と背景重力波に残ることが期待されている.

宇宙ひもが実現されるモデルとして Abelian-Higgsモデルが挙げられる.このモデルは,メキシカン・ハットポテンシャルを持つ複素スカラー場と$U$(1)ゲージ場で構成されていて, $U$(1)対称性が自発的に破れることで宇宙ひもが現れる.\;Abelian-Higgsモデルにさらに複素スカラー場を追加することで宇宙ひもに沿ってカレントが流れるようにすることもできる.そのような宇宙ひものことを\textbf{超伝導(Superconducting,\;SC)宇宙ひも}と呼ぶ.\;SC宇宙ひもは,高エネルギー宇宙線の発生源の候補の一つとしても考えられている[1].しかし,\;SC宇宙ひもは常に存在できるわけではなく,ひもに沿って流れるカレントの性質に依存するため,\;SCひもが存在できるパラメータ領域を探す必要がある.

本発表では,数値的に定常軸対称SC宇宙ひもの微分方程式を解き,\;SCひもが存在できるパラメータ領域について[2,\;3]に基づいてレビューする.

\begin{enumerate}
\item{Edward Witten. Superconducting Strings. Nucl. Phys. B,
249:557–592, 1985.}
\item{P. Peter. Superconducting cosmic string: Equation of
state for space like and time – like current in the neutral
limit. Phys. Rev. D, 45:1091–1102, 1992.}
\item{Takashi Hiramatsu, Marc Lilley, and Daisuke Yamauchi. Dynamical simulations of colliding superconducting strings. 12 2023.}
\end{enumerate}

 

講演a-21: Axion inflationによる共鳴的再加熱

講演者名: 辻 天太、所属: 総合研究大学院大学、学年: M1

標準的な宇宙論シナリオではInflationのあとにInflatonのエネルギーは放射のエネルギーに移り変わる必要がある.この機構は再加熱と呼ばれる.
Inflatonの結合が十分強い場合にはpreheatingと呼ばれる非摂動的な効果によって共鳴的な粒子生成が起きることが知られている.これによって爆発的にInflatonが放射に崩壊する[1].しかしpreheating期の終わりにInflatonが残っている場合はInflaton振動期にまたInflatonがエネルギーを支配して再度物質優勢期に戻る可能性がある.再加熱がpreheating期で終わる場合とそうではない場合の境界を調べることは重要な問題である.
本公演では1つのモデルとしてAxion Inflationの後の再加熱を考察する.このモデルではgauge boson instabilityによってAxionが数回転がる間に爆発的にゲージボゾンが生成されることがわかっている[2].それによってpreheating終了時にほとんどのエネルギーをゲージボゾンが占めていると考えられるがこの場合に摂動的な崩壊は寄与するかを説明し,与えられる結論が一般化出来るか議論する.
[1]Kofman, Lev, Andrei Linde, and Alexei A. Starobinsky. “Towards the theory of reheating after inflation.” Physical Review D 56.6 (1997): 3258.
[2]Adshead, Peter, et al. “Gauge-preheating and the end of axion inflation.” Journal of Cosmology and Astroparticle Physics 2015.12 (2015): 034.

 

講演a-22: 経路積分形式での曲率ゆらぎの計算

講演者名: 川口 遼大、所属: 早稲田大学、学年: D1

本講演では宇宙論における重要な摂動量である曲率ゆらぎについて、経路積分形式を用いた相関関数の計算手法を説明する。インフレーション理論での曲率ゆらぎの3次ラグランジアンには、bulk項に加え、boundary項および運動方程式に比例する項(EOM項)が現れる。Maldacenaが提案した従来の方法では、場の再定義を行うことでboundary項とEOM項の寄与を無視できることが知られている。しかし、場の再定義にはその正当性に不明瞭な点もあり、場の再定義を用いずにboundary項とEOM項からの寄与も取り入れた上で摂動計算をすることには大きな意味がある。そこで本研究では、経路積分形式を用いて曲率ゆらぎの相関関数の計算を行なった。特に、boundary項とEOM項がどのような役割を持つかを明らかにし、最終境界面をうまく取る新たな処方を提案した。その処方のもとではboundary項は寄与せず、計算が大幅に簡略化されることを示した。

 

講演a-23: ローレンツ対称性を破る重力理論とウンルー効果

講演者名: 竹内 智貴、所属: 立教大学、学年: M1

一般相対論はよく知られた重⼒理論であるが、⾼エネルギー領域を記述する能⼒はないとされる。一方、場の量子論の発展によって高エネルギー領域でのローレンツ対称性の破れが示唆されるようになった。これを受けて、近年までに、ローレンツ対称性の破れを許容する⼀般相対論の拡張理論が提案されている。そのような重⼒理論において、ブラックホールのホライズン近傍における粒子対生成現象(ホーキング放射)は、⼀般相対論と同様に確認することが可能である。したがって、重⼒の熱⼒学的性質も新たな重⼒理論を検証する上で必要な要請と考えられている。
ホーキング放射と深く関連する現象としてウンルー効果が知られている。ウンルー効果とは、「一定の加速度で運動する観測者が静止系の真空を観測すると、加速度に比例する温度(ウンルー温度)が検知される効果」である。この効果はローレンツ対称性と密接に関係し、ローレンツ対称性が破れる状況ではウンルー効果も破れると考えられてきた。
本発表は、[1]のレビューを行う。ローレンツ対称性を破るためにベクトル場を導⼊する必要があるが、これまでそのダイナミクスは考えられていなかった。本発表では、ベクトル場のダイナミクスまで考慮する。それによってウンルー温度を導くことができ、ローレンツ対称性を破る重力理論においても依然としてウンルー効果が存在することを示す。

[1] F. Del Porro et al. , arXiv:2312.03070 (2023)

 

講演a-24: Generalized Cubic Covariant Galileonにおける非線形パワースペクトルと予測

講演者名: 片山 友貴、所属: 総合研究大学院大学、学年: D2

Generalized Cubic Covariant Galileonという修正重力理論のモデルにおける非線形パワースペクトルについて議論したarXiv:2404.11471についてのレビューを行う。

 

講演a-25: 相対論的量子オットー熱機関における因果律の効果

講演者名: 上永 裕大、所属: 九州大学、学年: M1

ホーキング輻射に代表されるように、相対性理論・場の量子論・熱力学は密接に関係していることが知られており、今日に至るまで様々な研究が行われている。近年では量子熱力学と呼ばれる量子系の熱力学が発展し、相対性理論・場の量子論・量子熱力学の関係性を明らかにすることは興味深い。この関連性を調べる手法の一つとして、本研究では曲がった時空の量子場に影響を受ける量子系に注目し、量子熱力学における「量子熱機関」を相対論の枠組みで議論する。
この研究を遂行する上では、Unruh-DeWitt (UDW)検出器モデル[1]が有用である。UDW検出器は、曲がった時空の量子場と相互作用する2準位の量子系であり、時空の構造や量子場の性質を探索するプローブとしての役割を果たす。UDW検出器を用いて、曲がった時空の量子場から熱力学的仕事を抽出する「相対論的量子オットー熱機関」はここ数年で研究され始め、ウンルー効果を活用した仕事の抽出などが報告されている。また先行研究[2]では、一瞬だけ相互作用するUDW検出器を用いることによって、相対論的量子オットー熱機関における仕事と因果律との関係を明らかにした。本研究では先行研究を拡張し、任意の相互作用の時間依存性を持った調和振動子型UDW検出器を用いて、非摂動論的に因果律と量子オットー熱機関の関係性を調べる。
[1] W.G. Unruh, Phys. Rev. D 14, 870 (1976).
[2] K. Gallock-Yoshimura, J. High Energ. Phys. 01, 198 (2024).

 

講演a-26: qutritを用いた相対論的量子オットー熱機関の正仕事条件の導出

講演者名: 廣谷 知也、所属: 九州大学、学年: M1

ブラックホールの熱力学で知られるように、熱力学と相対論は密接に関わっていることが知られている。この関係性はこれまで様々な観点から研究されているが、本研究では、曲がった時空の量子場と相互作用する2準位以上の量子系を用いた相対論的量子情報(RQI)と量子熱力学の横断的観点から研究を行う。
RQIではUnruh-DeWitt (UDW)検出器と呼ばれる、2準位以上の量子系が量子場と相互作用するモデルを用いた解析を行う。その代表的な研究例がUnruh効果であり、これはブラックホールのHawking効果の理解に貢献した。このようにRQIは相対論、場の量子論、熱力学を横断する研究に用いることが可能である。
一方、量子熱力学は熱力学を量子力学の観点から再考する学問分野であり、カルノー効率の突破や、古典的出力・効率トレードオフ境界の突破[1]、単一熱浴からの仕事抽出[2]など、古典では見られなかった性質が示されている。特に量子系を用いた熱機関の一種である「量子オットー熱機関」では、正の仕事を取り出す条件が熱浴の温度だけではなく量子系のエネルギー準位にも依存することが知られている[3]。
我々はRQIと量子熱力学の融合的研究の一端として、量子Otto熱機関のサイクルを通して、UDW検出器が曲がった時空の量子場から仕事を取り出すための条件に着目する。先行研究ではいずれも2準位系のUDW検出器を用いた議論がなされてきたが、3準位系を用いた議論はRQIの分野では未だかつて存在しない。よって任意の曲がった時空において、3準位のUDW検出器がOttoサイクルから取り出す仕事の条件を導出し、相対論的効果との関わりを議論する。

1. H. Tajima and K. Funo, Phys. Rev. Lett. 127, 190604(2021).
2. Marlan O. Scully et al. Science299,862-864(2003).
3. K. Gallock-Yoshimura et al. Front. Phys. 11:1287860(2023).

 

講演a-27: 量子論的枠組みにおける重力波と光学機械振動子系との結合

講演者名: 福澄 諒太郎、所属: 九州大学、学年: M1

現代物理学を支える2本の柱として、ミクロな物体が従う力学である量子力学と、重力を記述する一般相対性理論がそれぞれ挙げられる。しかし現在、量子状態が実現できている領域(10^-5g程度)と重力の測定がなされている領域(10^-1g程度)がそれぞれ重なっていないため、量子力学に従う系がどのような重力を作るのか、つまり量子力学と一般相対性理論がどのように関連しているのか、という問題は全く検証されていない。このような重力の量子的な性質を実験的に探るためには、より大きい質量をもった物体を量子状態にする必要がある。そこで近年着目されてきているのが光学機械振動子系である。光学機械振動子系とは、調和振動子としての鏡と固定された鏡からなる光共振器系であり、光との結合を利用することで鏡の重心運動の量子状態を実現することができる。また、レーザー干渉計を用いた重力波観測におけるノイズの低減に応用されており、LIGOのようなレーザー干渉計にこれを用いることで、40kg程度の4つの鏡が作る差動振動が量子的な基底状態に近づいていることが報告されている[1]。本発表では[2]のレビューを通して、相互作用を含めて重力波と検出器を量子的に取り扱う枠組みを第一原理的に導出する。

[1] C. Whittle et al., Science 372, 1333 (2021)
[2] Belinda Pang and Yanbei Chen, Phys. Rev. D 98, 124006 (2018)

 

講演a-28: オプトメカ系で探る重力の量子性の理論的研究

講演者名: 畠山 広聖、所属: 九州大学、学年: M1

量子力学と一般相対性理論は提唱以来長い歴史の中でそれぞれ検証が進められてきたが、それらを統合する試みは成功していない。理論的には超弦理論やループ重力理論、修正重力理論など盛んに考察されているが、実験的には未だ検証されていない。
ファインマンは「位置の重ね合わせ状態にある有質量粒子によって形成される重力場」に関する思考実験を行った。このような重力場に置かれた別粒子は重ね合わせ状態になり、量子もつれが生成されると予想できる。当時は量子と重力がそれぞれ実験で検証できる質量スケールが大きく離れていたので検証実験は困難であったが、近年の実験研究によってそれらのスケールは段々と近づきつつある。
重力による量子もつれ検証に向けて注目されているのが光学機械振動子系(オプトメカ系)である。オプトメカ系とは懸架鏡と光共振器で構成された系であり、実験的な検証も盛んに行われている。大きな質量を持つ量子系を作ることができれば重力が量子もつれを実験的に観測できることが期待できる。近年のオプトメカ系の応用では10^(-8)g程度の重さの物体の量子状態を実現することに成功している。[1]
本発表では二つのオプトメカ系を用意し、懸架鏡の間に生じる重力相互作用を考慮した上で、どのような条件のもとで重力量子もつれが実現できるのかを理論的に解析した論文[2]のレビューを行う。

[1] J. Cripe et al. Nature 568, 364-367 (2019)
[2] D. Miki et al. Phys. Rev. D 1009, 06490 (2024)

 

講演a-29: QH系におけるanalog de Sitterでの Gravitational anomalyとHawking放射の関係

講演者名: 吉本 吏貢、所属: 名古屋大学、学年: M1

Gravitational anomalyは特定の次元で理論に含まれるmatterがカイラルな時に現れる一般座標変換不変性に関するanomalyでエネルギー運動量テンソル(EMT)の保存則の破れを表している。WilczekとRobinsonはBHのhorizon近傍で外部の力学に影響を与えないingoing modeを無視することで発生するGravitational anomalyの相殺を考え、その結果Hawking放射が出ることを示した。[1]
ここではこの方法をQH systemにおけるanalog de Sitter[2] に応用する。QH 系のedge modeがカイラルであることから[1]のようにanomalyの存在が仮定ではなく厳密な計算になっている。また、[1]の方法は従来のde Sitter時空に対してはanoamlyが消えてしまいBHの例のように用いることができないが、QH系ではboundaryの効果として計算することができ、正しいGibbons-Hawking 温度を再現することを示す。

[1]S. P. Robinson and F. Wilczek, Physical review letters 95, 011303
[2]M. Hotta, Y. Nambu, Y. Sugiyama, K. Yamamoto, and G. Yusa,Phys. Rev. D 105, 105009 (2022)

 

講演a-30: 天体活動が宇宙大規模構造に及ぼす影響の数値シミュレーション

講演者名: 小野田 康平、所属: 名古屋大学、学年: M1

宇宙標準モデルであるΛCDMモデルでは、暗黒物質や暗黒エネルギーといった未知の要素がこの宇宙の大半を占めている。これら暗黒成分の性質は、宇宙の初期揺らぎが重力によって成長していく「構造形成」に反映される。よって、宇宙大規模構造を分析することで、暗黒成分や初期密度揺らぎの性質に制限を与えられると期待される。ここで、大規模構造の小スケール側は統計誤差に対して信号が大きく(S/Nが大きく)、より多くの情報を含んでいる。そのため、より強い制限を与えるためには小スケール側の情報を利用することが重要である。しかし、小スケールは天体活動の影響が無視できない領域である。例えばおよそ10 Mpc/h以下のスケールでは超新星爆発や活動銀河核が周りのガスを吹き飛ばす。これによって暗黒物質は重力のみで予言される場合と異なった分布となる。しかし、このような天体活動の影響の強さは確定しておらず、宇宙論パラメータの推定への影響は未だ不確定である。そこで近年では、宇宙論的流体シミュレーションを用いて天体活動の及ぼす影響が網羅的に調査されている[1]。しかし、このようなシミュレーションは計算コストが高いため、(25 Mpc/h)^3程度のボックスサイズにとどまっている。したがって天体活動の宇宙論解析に必要な大スケールへの影響は調べられていない。そこで、本研究では宇宙論的流体シミュレーションGadget4-OSAKA[2]を実行し、天体活動の大スケールへの影響を調査した。このシミュレーションはボックスサイズ(100 Mpc/h)^3であり、星形成、超新星フィードバック、活動銀河核フィードバックが考慮されている。今回は天体活動の影響を制御するパラメータ、および宇宙論パラメータを変化させ、統計量に与える影響を調べた。

[1] Villaescusa-Navarro et al. 2021, ApJ, 915, 1, 71, 31
[2] Oku and Nagamine 2024 (arXiv:2401.06324)

 

講演a-31: 擬スカラー場の赤方偏移依存性が宇宙複屈折へ及ぼす効果

講演者名: 吉岡 隼、所属: 名古屋大学、学年: M1

宇宙マイクロ波背景放射(CMB)には偏光があり,この偏光は空間反転 (パリティ変換) に対する変換性の違いからEモード,Bモードという二つのモードに分解する事ができる.宇宙の一様等方性からパリティは保存され,各モードは互いに相関を持たない事が予想される.しかし,実際の観測においては 二つのモードの相関が確認されており,パリティは保存していない.[2]
CMB偏光におけるパリティが破れる理由として,宇宙の晴れ上がりから現在観測されるまでに生じる偏光面の回転(宇宙複屈折)が考えられている.そして,それを引き起こす物理的過程として擬スカラー場と電磁場との相互作用がある.
従来の解析では,CMB偏光のパワースペクトルを偏光面の回転角が一定という近似のもと求めていた.しかし,一般的な擬スカラー場のモデルにおいては、擬スカラー場の時間変化に伴い回転角も時間変化することが予想されている.時間変化する擬スカラー場はより理論的に妥当であるだけでなく,検出器のもつ不定性と縮退しないという利点も持つ.
本発表では論文[1]のレビューを行う.発表の前半ではCMB偏光の理論と様々な擬スカラー場のモデルについて述べ,後半ではそれらを用いて次世代CMB観測,LiteBIRDでどの程度これら擬スカラー場の効果が検出されるかを議論する.最後に,論文[1]で扱っていない擬スカラー場のモデルについての検証も行う.

1. Matteo Galaverni, Phys. Rev. D, 107, 083529, 2023
2. Yuto Minami, Phys. Rev. Lett, 125, 221301, 2020

 

講演a-32: 暗黒エネルギーと暗黒物質の相互作用による宇宙の加速膨張

講演者名: 堀之内 杏水、所属: 立教大学、学年: M1

現在の宇宙はPlanck衛星による観測結果[1]から加速膨張をしていることが知られている。加速膨張は暗黒エネルギーと呼ばれる負の圧力を持つ未知の物質によって引き起こされると考えられており、これに対して様々なモデルが提唱されている。加速膨張を説明するための候補として、宇宙定数や、スカラー場によって加速膨張を引き起こすクインテッセンスなどがある。しかし、それらを用いた従来のモデルでは観測結果を完全に説明することができない。したがって新たなモデルを考える必要がある。
本発表では論文[2]のレビューを行う。本論文では、現在の宇宙の加速膨張を説明できる新たなモデルとして、2つのスカラー場が相互作用するものを提案する。ラグランジアンは暗黒エネルギーとして振る舞うスカラー場と暗黒物質のスカラー場、相互作用のポテンシャルを含む形を取り、暗黒エネルギーのポテンシャルとしてヒルトップ型と指数関数型の2通りを仮定する。以上の仮定からそれぞれのポテンシャルの場合についてどのように加速膨張が引き起こされるのか議論する。最後に観測結果と比較することで、提案したモデルの整合性について議論する。

[1]N. Aghanim et al., A&A 641, A6 (2020)
[2]J.M.Gomes et al, arXiv:2311.08888

 

講演a-33: 星形成銀河と活動銀河核の宇宙再電離への影響

講演者名: 鵜飼 祥、所属: 名古屋大学、学年: M1

ビッグバン後に高温、高密度のプラズマ状態だった宇宙は、宇宙膨張によって冷え、赤方偏移z~1100で陽子と電子が結合し中性化した。その後、初代天体が形成されると、そこからの電離光子によって再び中性水素の電離が始まる。これを宇宙再電離といい、これまでの観測からz~6で完全に電離したと考えられているが、詳しい再電離史や電離光子源などの詳細は明らかにはなっていない。
電離光子源として、星形成銀河と活動銀河核(AGN)が考えられている。Giallongo et al. 2015[1]の観測では、高赤方偏移に暗いAGNが豊富に存在することが示唆されていた。加えてJames Webb Space Telescope (JWST) による最新の観測でも、[1]を支持する観測結果が得られている(Harikane et al. 2022[2])。これを受けて本発表では[1]の観測に基づいた再電離モデルを提案しているYoshiura et al. 2017[3]をレビューする。[3]では、電離光子源として高赤方偏移の星形成銀河とAGNを考え、それらの再電離史への寄与について、銀河の電離光子脱出率とAGN光度関数の傾きをパラメーターとして再電離史を計算し、観測から制限を与えている。このモデルにおいて[1]に合う光度関数を用いた場合、再電離への銀河からの寄与が無視できるほど小さくなければいけないことが[3]では示されてる。一方で、本発表ではJWSTで更新されたAGN光度関数[2]や星形成率密度[4]を用いて、提案されたモデルの再検討を行う。そして得られた再電離史の新たな解釈や将来的なモデルの検証可能性について議論する。
1. Giallongo et al., A&A, 578, A83, 2015
2. Harikane et al., ApJ, 959, 39, 2023
3. Yoshiura et al., MNRAS, 471, 3713, 2017
4. Harikane et al., ApJ, 960, 56, 2024

 

講演a-34: 宇宙再電離期における電離バブル構造の高精度モデル化に向けた高精度輻射輸送計算コードの開発

講演者名: 瀬尾 明莉、所属: 筑波大学、学年: M1

宇宙再電離は、ビッグバンから約数億年後に宇宙が再び電離状態に戻る過程を指す。宇宙で最初の星、銀河、ブラックホールから放射された紫外線が中性水素を再び電離させたと考えられているが、その電離源や電離史についてはまだわかっていない。
近年、輻射流体計算を用いた宇宙再電離のシミュレーションが行われるようになり、銀河形成と宇宙の電離構造が同時に計算されるようになった。しかし、多くのシミュレーションではM-1 closureによる近似的な輻射輸送計算法が使用されている。この手法は、beam crossing問題や光速を人工的に小さくしているため、結果として電離構造の精度において信頼性が不足している。
M-1 closureを用いて行われた宇宙再電離シミュレーションTHESAN project (Kannan et al. 2022)では、銀河の性質と周囲の電離バブルのサイズとの関係をモデル化している。彼らの計算では、赤方偏移9付近では観測的に示唆されている典型的なバブルサイズを再現しているものの、赤方偏移7付近ではバブルサイズを過小評価している事がわかった(Nayer et al. 2023)。したがって、現在のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データの解釈、今後の21 cm線観測プロジェクトに向けて、 宇宙の電離構造を高精度にモデル化する事が急務である。
そこで、私はVET(Variable Eddington Tensor)法を基にした輻射輸送計算コードの開発に取り組んでいる。VET法は、光子の流れをより正確にモデル化するための手法で、従来の方法に比べて高精度な計算が可能である。まず、1次元のVET計算コードを開発し、その有効性を確認した。現在は、3次元のray-tracing法に基づいた輻射輸送計算コードの改良を進めている。本講演では、1次元の計算結果を示すとともに、現在開発中の3次元コードについても紹介する。

 

講演a-35: 原始ブラックホールの質量分布とクラスタリング

講演者名: 門田 龍正、所属: 山口大学、学年: M2

本発表では、原始ブラックホール (PBH: Primordial Black Hole)の質量分布に幅がある場合におけるPBHクラスタの形成メカニズムについて発表する。
PBHとは、宇宙初期に高密度領域が重力崩壊することによって形成されたブラックホールである。PBHの質量は10^-8 kgという非常に小さい質量から太陽質量の数千倍を超える質量まで、とても幅広い範囲をもつ。
宇宙には、観測されている物質以外にも暗黒物質と呼ばれる未知の物質が存在すると考えられている。暗黒物質の候補の一つとして有力なのがPBHである。PBH探索は広い質量範囲にわたって行われており、その存在量に制限が設けられている[1]。現在のところ制限のない範囲でも、まだ不定性が大きいものの制限が提案されており、暗黒物質を単一質量のPBHで説明するのは難しい状況になってきている。そこでPBHの質量分布が単一ではなく、広がりを持つ可能性が検討されている[2]。
2015年に重力波検出器LIGOによって連星ブラックホールの合体によって生じた重力波が初めて観測されて以来、PBHへの関心が急激に高まっている。太陽質量10倍程度のPBHが宇宙に分布していた場合、その連星から放たれた重力波はLIGOで検出できる可能性がある。実際、10太陽質量のPBHが暗黒物質の0.001%以上存在すれば、LIGOで検出可能であることが示されている[3]。
こうした研究は、PBHは質量分布が単一だと仮定して行われてきた。しかし、上述のように、幅のある質量分布は今後ますます検討していく必要性があり、質量分布が単一の場合には起こらなかった現象が起こる可能性がある。例えば、重いPBHが軽いPBHを引き付けることで自然にクラスタが形成されると期待される。連星形成率は密度の2乗に比例するため、クラスタの有無は重力波放出量の予言に非常に重要である。本研究では、質量分布に幅を持つ場合におけるPBHクラスタの形成、及びその重力波放出量への影響を調べる。

1. Niikura et al., Nat Astron 3, 524–534 (2019).
2. Carr et al., Phys. Rev. D 94, 083504 (2016).
3. Sasaki et al., Phys. Rev. Lett. 117, 061101 (2016).

 

講演a-36: 原始ブラックホールからのバースト的な陽電子放射

講演者名: 八木 大地、所属: 弘前大学、学年: M2

原始ブラックホールとは、ビッグバン以後の初期宇宙で何らかの物質やエネルギーが重力崩壊して形成するブラックホールの総称であり、例えばインフレーション期に生まれた初期曲率揺らぎの再加熱期後の重力崩壊がその一つである。原始ブラックホールは宇宙初期から継続的に存在し、かつ重力以外の相互作用をほとんどしない点で暗黒物質の有力な候補である。一方で、Hawking放射の理論によれば、ブラックホールは量子力学的な効果によって質量に反比例する温度のPlanck分布に従う素粒子を放射するとされ、徐々にその質量を減少させながら放射のエネルギーを増加させる。現在観測されている恒星質量以上のブラックホールは温度が低く、観測可能なエネルギーを持つHawking放射は起こさない。しかし、原始ブラックホールは様々な質量を持ち得ると考えられており、特にビッグバン期間中に5∗10^14g程度の質量で形成された原始ブラックホールは現在ちょうど全質量に相当するエネルギーを放射し終え、その消滅の瞬間が観測できると期待されている。
原始ブラックホールは理論上、Hawking放射によって標準模型の素粒子の全てを等重率で放射し、特に電子と陽電子については同数の粒子を放射する。そのため、PAMELAやAMS-02で観測された10GeV以上のエネルギー帯に於ける陽電子過剰の一部を原始ブラックホールの放射が担っている可能性に思い至る。この観点での研究として、銀河系の暗黒物質ハローに分布する10^16g程度の原始ブラックホールから定常的に放射される陽電子についての検討が行われているが、より軽量の原始ブラックホールからの非定常な陽電子の放射については研究されていない。
本発表ではMacGibbon-WebberのHawking放射のモデルに最新の二次粒子放射の数値計算を取り入れ、軽量の原始ブラックホールからのバースト的な陽電子放射のスペクトル及びその地球への伝播を計算し、Voyager1号やAMS-02の観測結果と比較することで原始ブラックホールの存在量に対する制限について考察する。

 

講演a-37: Starobinsky’s piecewise linear モデルにおける原始ブラックホールの形成について

講演者名: 富田 涼也、所属: 立教大学、学年: M1

原始ブラックホールは宇宙初期に形成されたと考えられている天体である。インフレーション期に生成された大きな振幅を持つ曲率揺らぎが、直接重力崩壊を起こすことで形成されたと考えられている。暗黒物質の有力候補としてや、背景重力波の発生源と関連があるとして注目を浴びている。
インフレーションは、インフラトンと呼ばれるスカラー場がポテンシャルの坂をゆっくり転がることで実現される(スローロールインフレーション)。またポテンシャルの傾きが小さい時、インフラトンが非常にゆっくり転がることからウルトラスローロールと呼ばれる状況が実現される。ウルトラスローロール中に生成された曲率揺らぎは非常に大きな振幅を持つことから、原始ブラックホールを形成する可能性がある。
今回ウルトラスローロールを起こすインフレーションのモデルの一つとして、piecewise linear potentialモデルを考える。このモデルは2つの異なる傾きを持つ線形的なポテンシャルを結合したもので、接合部分以外はスローロールをしているが、傾きが変わった直後はウルトラスローロールが実現され、原始ブラックホール形成に関わるような曲率揺らぎが生成される。本発表では [1] をレビューし、その曲率揺らぎのパワースペクトルを調べることで、原始ブラックホールの質量分布関数を求める。
参考文献
[1] S. Pi and J. Wang, JCAP 06, 018 (2023) doi:10.1088/1475-7516/2023/06/018 .1

 

講演a-38: 複数場インフレーションによる特定のスケールでの原始ブラックホール生成の促進

講演者名: 川口 健三郎、所属: 東京大学、学年: M2

LIGOが2015年に初めてブラックホール(BH)連星由来の重力波を観測したことは記憶に新しい。連星を成していたBHの質量は太陽質量のおよそ30倍であった。通常の天体は進化の段階で質量放出を起こすため、こうした大質量 BH の起源を通常の天体に求めることは難しい。そこで、有力な候補となっているのが、原始ブラックホール(Primordial Black Hole: PBH)である。PBHは宇宙初期に十分な大きさの揺らぎが地平線に入った時に、重力崩壊により生成されると考えられている。
PBHを生成する揺らぎの閾値はPBH生成時の宇宙の状態方程式のパラメーターwと揺らぎの形状に依存していることがわかっている。放射優勢期スカラー場が存在すると、状態方程式が変化しwの値が1/3とは異なったものになり、閾値も変化を受ける。
本発表では、複数場インフレーションにおいてインフラトン以外の場がインフレーション終了後に残り、状態方程式が時間変化する場合におけるPBH生成の閾値の変化を考慮し、断熱揺らぎおよび等曲率揺らぎによるPBH生成量を議論する。

 

講演b-1: インフレーション中に生成される非ガウス性揺らぎとその原始ブラックホール形成

講演者名: 島田 正顕、所属: 名古屋大学、学年: M2

我々の宇宙は誕生直後にインフレーションと呼ばれる、指数関数的加速膨張を経験したと考えられている。その際に生成された空間的非一様(“揺らぎ”)は今の宇宙の構造の種となったと考えられている。揺らぎの中で小スケール揺らぎの主要な痕跡の一つが原始ブラックホール(PBH)と呼ばれるブラックホール(BH)である。PBHは揺らぎのうち極めて高密度の部分が重力崩壊を起こすことで形成される。またPBHが形成されるかどうかは揺らぎの振幅に大きく依存して決定される。さらに揺らぎの統計性に非ガウス性が存在する場合は、形成閾値を超えるような振幅を持つ揺らぎの生成量が高まり、伴ってPBHもより形成されると期待されている。
本研究では単一場インフレーションのポテンシャル内に非常に小さい壁を持たせたモデルを扱う。壁を持たせることによって揺らぎに対して非ガウス性が生まれる。その結果このインフレーション中に生成される揺らぎは、ガウス性の統計性を持つ揺らぎに対して非線形的関係を持つ。このインフレーションの過程で生成される揺らぎの解析的評価と、その揺らぎが形成するPBHの数値シミュレーションを実行し、PBHの形成量、質量の定量的評価を行う。現段階では、壁が高くなればなるほど、すなわち揺らぎの非ガウス性が大きくなればなるほど、PBH形成に必要な振幅が小さくなることが分かった。
本講演では生成される揺らぎの具体的な表式やその理論過程、研究手法とその結果の詳細について説明する。

 

講演b-2: Lensing ringによるM87*およびSagittarius A*の電荷への制限

講演者名: 鈴鹿 悠太、所属: 東京理科大学、学年: M2

球対称なブラックホールは光線の不安定な円軌道を持ち、光子球と呼ばれる球体を形成し、その外側にlensing ringと呼ばれるリングを形成することが知られている。ブラックホール解の性質は、これらのリング状の構造に反映されるため、ブラックホール解の検証に有用である。最近、Event Horizon Telescope(EHT) collaborationは、ブラックホール候補天体である、M87*[1,2]とSgr A*[3]のリング画像を報告した。EHT collaborationは一般相対論的電磁流体シミュレーションを行い、観測したリング画像がKerrブラックホールと無矛盾であることを確認し、ブラックホールの質量などのパラメータを決定した。EHT collaborationは電荷などのブラックホールのパラメータを決定するために一般相対論的電磁流体シミュレーションは行わなかったが、ブラックホールの電荷などのパラメータが観測されたリングに与える影響を光子球の大きさに比例するという単純で非自明な仮定を課し、別の観測によって決められていた質量と比較することで、ブラックホールの電荷などのパラメータに制限を与えた[4,5]。文献[6]ではEHT collaborationの仮定の堅牢さを検証するためにlensing ringの変化率によって電荷の制限を議論した。
本講演では、Reissner-Nordström(RN)解のlensing ringについて扱った文献[6]のレビューを行う。文献[6]では、EHT collaborationのM87*とSgr A*の観測結果と他の観測と比較し、RN解の場合でのlensing ringの半径の変化率を考えることで、EHT collaborationによる電荷の制限を見直している。
また、新規の研究として、[6]の手法をGM-GHS解の場合に適用する方法についても言及する。
[1] K. Akiyama et al. [Event Horizon Telescope], Astrophys. J. Lett. 875, L1 (2019).
[2] K. Akiyama et al. [Event Horizon Telescope], Astrophys. J. Lett. 875, L6 (2019).
[3] K. Akiyama et al. [Event Horizon Telescope], Astrophys. J. Lett. 930, L12 (2022).
[4] P. Kocherlakota et al. [Event Horizon Telescope], Phys. Rev. D 103, 104047 (2021).
[5] K. Akiyama et al. [Event Horizon Telescope], Astrophys. J. Lett. 930, L17 (2022).
[6] N. Tsukamoto and R. Kase, [arXiv:2404.06414[gr-qc]].

 

講演b-3: Thermal Wash-in Leptogenesis via Heavy Higgs Decay

講演者名: 渡邉 秀長、所属: 総合研究大学院大学、学年: M2

We present a conceptually simple model to generate asymmetries that are not directly related to baryon or lepton charges. The model employs a three-Higgs doublet framework, wherein the other two Higgs fields are significantly heavier than the Standard Model (SM) Higgs field. The decay of these heavier Higgs fields generates asymmetry for approximately conserved charges in the Standard Model at a high temperature. These asymmetries will be converted into baryon/lepton asymmetry through B-L violating interactions associated with right-handed neutrinos via the wash-in mechanism.

 

講演b-4: 中性子星の潮汐変形率

講演者名: 佐藤 圭悟、所属: 東京理科大学、学年: M2

2017 年 8 月 17 日に中性子星連星同士の衝突によって生じた重力波が観測された.これに先んじて,ブラックホール連星合体による重力波もまた観測されており,ブラックホールと中性子星は重力波を用いた重力理論の検証の鍵としてともに重要な役割を担う.一方,中性子星連星から発せられる重力波観測の成功には,ブラックホール連星の場合とはまた違った価値がある.中性子星連星合体時の重力波にはブラックホール連星の重力波に含まれない,中性子星内部を構成する物質の情報が含まれているためである.そのため,宇宙分野だけでなく核物理をはじめとする物性分野においても大きな影響を及ぼし得る.また,中性子星は合体時に重力波に加えて電磁波を放つため,どの連星系から放出されたのかを特定しやすいといった利点があり,所謂マルチメッセンジャー天文学的な重要性を有している.
中性子星は内部構造を持つため周囲の重力場によって変形が生じ,またその変形によって周りに作る重力場に影響を与える,という点でブラックホールと大きく異なる.中性子星が連星を成す場合は,このような潮汐変形によって軌道運動が変化する.よって,天体固有の変形のしやすさを表す潮汐変形率は可観測量である重力波の周波数に対して影響を及ぼし得る物理量となる.そこで,今回はこの潮汐変形率をGRの下で計算した文献[1]をレビューする.具体的には,星の内部構造を想定した物質場を導入した時空における摂動方程式を導出し,それを数値的に解くことで,星の潮汐変形率,及び潮汐Love数を決定する.その上で,星を特徴づけるパラメータの値を振らすことにより,GRにおけるLove数が何に強く依存するのかを明らかにする.こういったLove数の計算は修正重力理論下においても既に計算されており,理論側のテンプレートを予め用意しておくことは,今後の観測側と合わせたGR検証にも役立つことが期待できる.
[1] G. Crei, T. Hinderer and J. Steinhoff, Phys. Rev. D108, no.12, 124073 (2023)
[arXiv:2308.11323 [gr-qc]].

 

講演b-5: 最尤法に基づく銀河・銀河レンズパワースペクトルの推定法開発

講演者名: 手良脇 大誠、所属: 東京大学、学年: M2

我々が観測する銀河の形状は、光路上にある暗黒物質分布の弱重力レンズ効果によって歪められている。また、現在標準的な宇宙の構造形成シナリオは、暗黒物質が密集した領域に銀河が形成されることを予言する。そのため、前景銀河の分布と背景銀河の形状は、共に前景銀河周辺の暗黒物質分布を反映しており、銀河・銀河レンズと呼ばれる相関を持つ。これまでに、銀河・銀河レンズの二点相関関数を用いて宇宙論を制限する研究が多く行われてきたが、パワースペクトルやバイスペクトルを用いた解析は未だ殆ど為されておらず、こうした統計量による解析を可能にすることで、更なる宇宙論的情報が引き出せるようになると期待される。
実際の観測領域は、その形状自体が複雑である上、明るい星の影響でデータが無い領域(マスク領域)を含んでいる。そのため、実データの単純なフーリエ解析によって得られるパワースペクトルやバイスペクトルは、こうしたウィンドウ効果を畳み込んでしまい、その理論的解釈が困難になる。そのため、ウィンドウ効果を取り除く手法の開発が必要である。銀河クラスタリングのパワースペクトル・バイスペクトルに対しては、最尤法に基づいてこのウィンドウ効果を取り除く手法が既に開発されている[1][2]。そこで本研究はこの手法を拡張し、銀河・銀河レンズのパワースペクトル・バイスペクトルを測定する手法の開発を行っている。本発表では、銀河・銀河レンズのパワースペクトルに対し、最尤法を用いてウィンドウ効果を取り除く方法とその精度について議論する。
[1]Oliver.H.E.Philcox Phys. Rev. D 103, 103504,2021.
[2]Oliver.H.E.Philcox Phys. Rev. D 104, 123529,2021.

 

講演b-6: 量子重力理論解明に向けた包括的なアプローチの実現

講演者名: 柏木 海翔、所属: 九州大学、学年: M2

現代物理学において、重力と量子力学を統合した量子重力理論は未解明であり、確立した理論も存在せず、重力の量子的性質を示す実験的証拠もない。ゆえに、重力が量子力学に従うかどうかも不明であり、次の2つの立場に分かれている。1つは“重力が量子力学に従う”とする立場で、もう1つが“重力が量子力学には従わない”とする立場である。各々の立場から検証モデルが提案されており、どちらの立場が正しいかを決めるためには、これらのモデルの実験検証が必要である。そこで、両者の立場から提案されているモデルを普遍的な性質を持つ理論的枠組みでまとめ、モデル非依存なアプローチが実現できれば、将来実験により枠組み内のモデルらを包括的に比較し、重力が従うモデルを絞るとともに量子重力理論解明に向けた理論的指針が得られると考えた。先行研究では、弱重力場近似の下で成立する時空の対称性であるポアンカレ対称性を持つ相対論的なGKSL方程式を導出し、この方程式に基づく枠組みを提供した。しかし、この枠組みでは相互作用のある量子系の力学を考慮できないという問題がある。そこで、具体的な物理系からポアンカレ対称性を持つ“相互作用が考慮可能な”相対論的なGKSL方程式を導出し、その方程式から得た性質を一般化することで相互作用も考慮可能な理論的枠組みを提供できると考え、現在研究を進めている。本発表では、その研究経過を発表する。

 

講演b-7: The ways to quantum gravity

講演者名: 佐野 大志、所属: 早稲田大学、学年: M2

量子重力理論は今日の物理学における最大の謎の一つであると言え、その解明や理論的説明を目的として今日までに様々なアプローチがなされてきた。
本発表では、それらのアプローチのいくつかの紹介をする。

 

講演b-8: LG不等式を用いた重力波の量子性の検証に向けて

講演者名: 山崎 優樹、所属: 九州大学、学年: M2

一般相対性理論はブラックホールや重力波などの観測事実とよく整合性が取れており、重力を記述する理論として最も成功している。しかし、重力と量子力学を統一的に記述する量子重力理論は、一般相対性理論の発表から100年以上経った今でも未完成である。量子重力理論の構築が困難な理由の一つは、量子力学的な現象が起こる微視的な系では重力相互作用は非常に小さいため、重力相互作用が観測できず、実験的な事実が得られていない点にある。重力が量子力学に従うか否かの検証は、量子重力理論の完成に向けた理論構築に指導原理を与えるために重要である。このような状況の中、一般相対論の重要な帰結である重力波は、2015年にLIGOによって初めて直接観測された。これにより、重力の量子性を重力波という側面から研究できる可能性が見えてきた。
一方、量子性を判別する道具の一つとして、Leggett-Garg不等式(Leggett-Garg不等式)がある。測定と無関係に系の状態が確定し,測定による擾乱が無視できるような古典力学では成り立つ性質を“実在性”と呼ぶ。LG不等式は、ある物理系が“実在性”を満たすか否かを判別できる不等式であり、この不等式が破れたとき、系は“実在性”を満たしていない、すなわち量子的であると言える。LG不等式は巨視的な系の量子性の判定にも用いることができるため、量子と重力の間の未踏領域や、重力波干渉計の観測結果にも適用することが可能かもしれないというメリットがある。
本発表では、これまでの研究[1],[2]を重力波干渉計の模型に適用して、LG不等式を用いて重力波の量子性を検証する方法を考える。
[1]M.Tani, K. Hatakeyama, D. Miki, Y. Yamasaki, and K. Yamamoto, Phys. Rev. A 109, 032213 (2024)
[2] K. Hatakeyama, et al., arXiv:2310.16471 (2023)

 

講演b-9: 銀河赤方偏移サーベイBOSSの銀河パワースペクトルを用いた複数場インフレーションモデルの制限

講演者名: 中野 新太朗、所属: 東京大学、学年: M2

現在の宇宙に存在する星や銀河、銀河団や大規模構造などの様々なスケールの非一様性は、初期宇宙の場の量子揺らぎに起因し、それがインフレーションによって宇宙論スケールまで引き伸ばされて生じたと考えられている。しかしその理論的自由度から、インフレーションを起こした場の性質や個数は未だ定まっていないため、観測事実に基づいて理論モデルに制限をかけることが不可欠である。
インフレーションモデルの検証に有用な観測量として、場の揺らぎのガウス分布からのずれを表す「局所的原始非ガウス性(LPNG)」がある。f_NLはLPNGの大きさを表す重要なパラメータであり、単一場インフレーションのほとんどではf_NL<1となる一方、複数場インフレーションでは一般にf_NL>1となる。従って、f_NL>1が検出されれば、単一場インフレーションの多くを棄却できると同時に、複数場インフレーションのモデルに制限をかけることができる。このように、観測データからf_NLを精度良く求めることができれば、それは初期宇宙の物理の解明に向けた大きな指針となる。
LPNGは密度揺らぎを通して銀河分布に影響を与え、銀河パワースペクトルにおいて波数kの4乗に反比例する振る舞いを残す。すなわち、極めて大スケールにおいてLPNGの痕跡が残っているわけだが、観測に伴う系統誤差に埋もれてしまうという問題がある。特に、天の川銀河のダストの影響が大きく、角度方向に依存した大スケールの系統誤差として現れる。本研究では、銀河パワースペクトルの計算に用いる銀河のペアを視線方向周りに限って行うことでこの効果を軽減し、実際に銀河赤方偏移サーベイBOSSのデータを用いてLPNGへの制限を強めることを試みる。またシミュレーションによる手法の正確性の評価についても報告する。

 

講演b-10: リュードベリ原子を用いた高周波重力波の観測方法の構築

講演者名: 谷口 彰、所属: 九州大学、学年: M2

近年、重力波天文学が著しく発展しており、様々な発見が得られている。今後も更に豊富な物理を得るためには、観測可能な重力波の周波数範囲を広げることが重要である。現在、地上の重力波干渉計は1Hz~1kHzを観測でき、将来宇宙に打ち上げ予定の重力波干渉計は10^{-4}Hz~10^{-1}Hz程度の重力波を観測できる。さらに、パルサータイミングアレイは10^{-9}Hz~10^{-6}Hzの範囲を観測対象にできる。このように、1kHzよりも低周波領域の重力波の観測方法は非常に発展している。しかし、1kHzよりも高周波領域の重力波の観測方法は確立されていない。
高周波重力波には、様々な天体や初期宇宙に関する豊富な情報が含まれていると期待されている。例えば、原始ブラックホール連星からの重力波が挙げられる。天体起源のブラックホール連星からの重力波の最大周波数は約10kHz程度である。一方で、原始ブラックホールは天体起源のブラックホールよりも軽い質量になり得るため、10kHz以上の高周波重力波を放射できる。
このような背景を踏まえ、私たちはリュードベリ原子を用いた高周波重力波検出器を提案した[1]。リュードベリ原子は、電磁誘導透明体(EIT)というシステムとして用いると、電場を高感度で検出することができる。近年、この方式をさらに発展させたスーパーヘテロダイン方式が考案され、電場の検出感度が大幅に向上した。そこで、リュードベリ原子を用いたスーパーヘテロダイン法で、重力波が一定の磁場中に到来したときに発生する微弱な電場を検出できるかどうかを調べた。その結果、一例として、周波数26.4GHz、振幅10^{-20}程度の重力波が検出できることを見出した。また、この検出器は原子の準位差や検出器のサイズの変更をすることで,幅広い周波数帯の重力波を検出することができることが判明した。本発表では、検出器の構成や重力波の検出方法を[1]に基づいて説明する。
[1] S. Kanno, J. Soda, A. Taniguchi, “Search for high-frequency gravitational waves with Rydberg atoms,” arXiv: 2311.03890[gr-qc]

 

講演b-11: 重力波波源の自己相関角度パワースペクトルとレンズ収束場の関係とその観測可能性

講演者名: 中馬 史博、所属: 千葉大学、学年: M2

コンパクト連星の合体によって生じる重力波の波形の解析すると光度距離を直接導出できる。この光度距離は観測誤差に加え、波源から観測点までの弱い重力レンズ効果によって変化する。この重力レンズ効果を示すレンズ収束場の分散$\langle\kappa^2\rangle$は宇宙論的な情報を豊富に有し、 これまでの Ia 型超新星を用いたレンズ収束場の分散の研究からは、例えば原始ブラックホール (PBH) やニュー トリノの質量、小スケールの宇宙論的密度パワースペクトルなどにも制限をつけることが示されている。
本研究では、連星ブラックホールの重力波波源の自己相関角度パワースペクトルから、重力波波源の赤方偏移の情報を用いずに、レンズ収束場を測定する新しい手法を提案する。重力波波源までの光度距離$ D_L$をレンズ収束場 $\langle\kappa^2\rangle$によって 2 次まで展開し、重力波波源の自己相関角度パワースペクトル $C^{\rm{ww}}(\ell) $にレンズ収束場の分散 を組 み込むことで、重力波波源の自己相関角度パワースペクトル $C^{\rm{ww}}(\ell) $とレンズ収束場の分散 $\langle\kappa^2\rangle$の間の反相関の関係が解析的に得られた。本講演では、この重力波波源の自己相関角度パワースペクトルとレンズ収束場の分散の関係を提示するとともに、この関係からレンズ収束場の分散を自己相関角度パワースペクトルから測定する新しい手法の提案とその観測可能性について議論したい。

 

講演c-1: PTA(Pulsar timing array)によるSGWB(Stochastic Gravitational Wave Background)の検出とSMBHB(Supermassive Black Hole Binary)の影響

講演者名: 山本 峻、所属: 弘前大学、学年: M2

PTA観測による背景重力波(SGWB)における超大質量ブラックホール連星(SMBHB)の影響について発表する。発表内容には以下の論文の内容を含む。「Sasaki, Yamauchi, Yamamoto and Asada, Phys. Rev. D 109, 024023, 2024」

SGWBは、インフレーション時に生成されたもの、SMBHBから放出されたもの、宇宙ひも由来のものなど、多くの候補となる波源から発生した重力波の重ね合わせによって形成されている。このように、SGWBには多くの波源が寄与しており、現在、この波源を分類することが課題となっている。
昨年、NANOGravなどの観測グループがPTA観測によってSGWBの証拠を捉えた。その一つの証拠として、二つのパルサーの開き角に対する背景重力波の影響をプロットした角度相関曲線、いわゆるHellings-Downsカーブ(HDカーブ)がある。しかし、この観測されたパルサーペアによってプロットされるHDカーブは、理論的に予測されるものと比較して不確定性が多い状況である。これは、プロットに使われたパルサーペアの数の少なさや、背景重力波が様々な波源を持っていることが原因と考えられる。

今回の発表では、SGWBに含まれる波源として有力視されているSMBHBによる影響、そして波源の位置の特定について紹介する。SMBHBによる重力波の特徴や、波源の位置を特定することで、SGWBにどのような影響を与えているのかを考察する。

 

講演c-2: 静的ワームホール解の定常一般化

講演者名: 牧田 悠輔、所属: 名古屋大学、学年: M2

本発表は主にVolkov(2021)のレビューである。
2つの異なる宇宙、または同一の宇宙における離れた2つの場所を結ぶ“橋”の構造をワームホール(WH)という。特に古典粒子や光が往来しうるものを“通過可能”なWHといい、SFにおけるワープやタイムトラベルなどのモデルとなっている。WHは“throat”というくびれた構造を持ち、この構造は通常の物質とは異なるエキゾチック・マターの仮定を必要とする(より正確には、光的エネルギー条件を破る物質の仮定が必要である)。その一方で、この構造の維持にWH自身の回転も寄与するということが先行研究によって明らかにされている。そこで、回転するWH解を“解析的に”得て、その時空の安定性を調べることが目標となるのだが、静的WH解の定常一般化には様々な困難が伴う。特に時空全域で正則であるような解析解は未だに構成されていない。
そこで、本発表ではVolkov(2021)による、真空解に回転とスカラー場を付加する“dressing”の手法を紹介する。この操作によって、静的真空解であるEllis-Bronnikov WHに定常回転とスカラー場を付加することが可能である。これによって得られる解は、全域で正則とはならないまでも、かなり振る舞いのよい解である。その構成手法である“dressing”についての概略をレビューする。可能であれば、これにより構成した時空の構造解析やさらなる拡張についても議論する。

 

講演c-3: 非反射対称性を持つブラックホールの観測的特徴

講演者名: 今福 隼斗、所属: 東京大学、学年: M2

ブラックホール(Black Hole, BH)に関する一般相対論(General Relativity, GR)の予測の1つであるKerr仮説によると、現在の宇宙に存在する孤立したBHはKerr時空によって記述される。Kerr時空上ではBHは質量とスピンのみで特徴づけられ、いくつかの対称性を持つ。その1つはz_2対称性という、時空の対称面を表す赤道面が存在するというものである。したがって、孤立したBHの赤道反射対称性を調べることで、Kerr仮説を検証することができる。
本発表では、反射対称性を持たないBHが膠着円盤を持つ場合、どのような観測的特徴を持つのか調べた[1]についてのレビューを行う。反射対称性が破れた場合、一般に、BH周りの光子の軌道と降着円盤上のケプラー軌道は、BHまでの距離に依存する量だけ赤道面から垂直に歪む。BHの影の大きさと形はKerr BHとよく似ているが、円盤の像と輝線プロファイルにははっきりとした観測上の特徴が現れる。円盤をエッジ・オンで観測すると、入射側の最内縁に沿って顕著な凹形状が現れることがある。さらに、青方偏移側のスペクトル線プロファイルには、特徴的な角のようなものが観察される可能性がある。これらの特別な特徴は、回転ブラックホールに存在する反射非対称性の有力な指標となる。数値解析を通じて、円盤の形状、赤方偏移像、フラックス像、及びスペクトルプロファイルを構築し、Z2対称性の破れがもたらす観測的影響を詳細に比較する。
参考文献
[1] C. Y. Chen and H. Y. Pu, arXiv : 2404.07055 [gr-qc], (2024).

 

講演c-4: extended Einstein-Maxwell-scalar理論における磁荷と微分結合の存在下でのヘアリーブラックホール解

講演者名: 谷口 喜太郎、所属: 東京理科大学、学年: D3

U(1)ゲージ不変スカラーベクトルテンソル理論のサブクラスに分類されるextended Einstein-Maxwell-scalar理論におけるブラックホール解を研究する.スカラー場は電荷と磁荷を両方もつベクトル場と結合する.静的球対称時空において,微分結合を含む3種類のスカラー-ベクトル相互作用に着目し,Reissner-Nordström解からの修正を調べる.ブラックホールのホライゾン近傍と空間的無限遠という2つの漸近的領域における場の方程式を解析的に解き,スカラーヘアーの存在条件を明らかにする.中間スケールでの解の振る舞いを理解するために,異なる結合の具体的なモデルに対して場の方程式を数値的に積分した.磁荷と微分結合の存在下においてスカラーヘアーをもつ新たなブラックホール解を発見した.磁荷は,スカラー場とベクトル場の結合が大きい極限において,3種類の異なる相互作用から生じるヘアリーブラックホール解を区別するための重要な役割を示す.

 

講演c-5: TeVガンマ線バーストにおける円偏光を用いたアクシオンの検証可能性について

講演者名: 千葉 航、所属: 神戸大学、学年: M1

アクシオンは、素粒子標準模型の未解決問題のひとつである強いCP問題を解決するため理論的に導入され、その存在が期待されている未発見の素粒子である。また、冷たい暗黒物質の候補の一つでもありその存在が宇宙論的にも重要である。
アクシオンは強い磁場の中で光子に変換される(プリマコフ効果)と予測されており、この性質を利用した検出が世界中で試みられている。しかし、その相互作用は非常に弱いため、いまだに発見には至っていない。
宇宙では毎日1回ほどの頻度でガンマ線バースト(GRB)と呼ばれる高エネルギー天体現象が観測されている。GRBにより放出される光子のエネルギーは数keVから大きいものでは数十TeVにも及ぶ。
宇宙空間には温度約3Kに相当する電磁波(CMB)で満たされている。このため超高エネルギーの光子が宇宙空間を伝搬する時、粒子の対生成が起き、CMBにエネルギーが流れてしまう。このため、超高エネルギー光子は宇宙空間を長い距離伝搬することができない。
ところが、2022年に中国にあるガンマ線観測場(LHAASO)で10TeVに及ぶガンマ線バースト(GRB221009A)を観測した。母天体がある銀河は地球からおよそ700Mpcほど離れていた。この矛盾を解決するために、「GRBで生まれた超高エネルギー光子が銀河や銀河間に存在する磁場で効率的にアクシオンへ変化し、エネルギーを失うことなくCMBを透過し、天の河銀河の磁場で再び光子に戻り、それを観測した」というシナリオが提案された。もし、本当にアクシオンが存在し、このような伝播プロセスを辿ったのならば、観測される光子の偏光状態に円偏光が見られるはずである。GRBの主な原理はシンクロトロン放射による発光だと考えられており、この過程から円偏光が生じることはない。なので、もし円偏光が観測されればアクシオンが存在する間接的な証拠になりうる。
本研究では、光子のエネルギースケールとアクシオン-光子混合における円偏光の関係を調べ、再びTeVスケールのガンマ線を観測した時に偏光成分の予測を与える。また、観測と矛盾のないようにアクシオンのパラメタ空間に制限を与える。

 

講演c-6: ブラックホール磁気圏と帯電について

講演者名: 松尾 賢汰、所属: 大阪公立大学、学年: D1

近年の様々な観測結果は、ほとんどの銀河の中心には太陽質量の数億倍程度の超大質量ブラックホールが存在することを強く示唆している。また、いくつかの活動的な銀河の中心からは、細く絞られた光速に近いジェットが噴き出していることも分かっている。ジェットの生成機構には多くの未解明の問題が残されており、特にそのエネルギー源についても決着がついていない。エネルギー源の候補の一つとして、”Brandford-Znajek(BZ)過程”が有力視されている。BrandfordとZnajekは今日BZモノポール解と呼ばれる近似解を解析的に構成し、BZ過程が働く例を示した。BZ過程がジェット生成に深く関わっているかどうか、現在活発に研究が進められている。先行研究では一様真空テスト電磁場(Wald解)中でのブラックホールに片方の電荷を持つ荷電粒子が選択的に降着することが明らかにされている。そして近年、ブラックホールの帯電がBZ過程を妨げる可能性が指摘され、現在も議論が続いている。本研究では、BZモノポール解における帯電を解析することを目指して、まずモノポール磁場を伴う球対称ブラックホール時空における荷電粒子の運動を調べた。

 

講演c-7: 2次元量子ブラックホールにおける量子収束仮説

講演者名: 田中 亜花音、所属: 近畿大学、学年: M2

一般相対論において重力の引力的性質は、エネルギーの正値性の下での粒子や光の測地線束の収束定理に集約される。この定理は、特異点定理やブラックホール熱力学の基礎として、一般相対論の研究に大きく貢献している。しかし、量子効果を考慮すると、一般に収束定理は成り立たない。そこでブラックホールの面積エントロピーと外部量子場のエントロピーの和として提案された一般化エントロピー[1]の概念を用いて収束定理を一般化したのが量子収束仮説(QFC)である[2]。
一方、近年の研究により、ブラックホールの蒸発過程においてホーキング輻射の自由度を宿す「アイランド」が地平面内に形成され得ることが判明し、ブラックホール情報喪失問題の解決に向けて大きな進展があった[3]。しかし、ブラックホール外部の量子場のエントロピーをエンタングルメント・エントロピーと捉えると、アイランドが形成されるPage時間[4]以降は、ブラックホールの面積も量子場のエントロピーも減少する。そのため、QFCも成り立たないと予想される。
本研究は、アイランド形成も考慮した動的ブラックホールにおいてQFCが成り立つことを証明する。この目的で4次元球対称ブラックホールでの先行研究[5]があるが、量子効果を取り入れる困難のため、背景時空は近似を用いたモデルとなっている。そこで本研究では、2次元であれば量子効果を厳密に取り入れることができる点に着目し[6]、2次元量子ブラックホール時空において、アイランドとQFCを考察する。まず、QFCの基本要素である量子膨張率の2次元での適切な定義を与え、次にアイランド形成前と形成後それぞれにおいてQFCが成り立つことを解析的に証明する[7]。また、QFCを用いて得られる量子Bousso boundや量子ヌルエネルギー条件についても考察する。
[1] J.D. Bekenstein, Phys. Rev. D7 (1973) 2333
[2] R. Bousso, Z. Fisher, S. Leichenauer, and A.C. Wall, Phys. Rev. D93 (2016) 064044
[3] G. Penington, JHEP 09(2020)002, A. Almheiri, et al JHEP 12 (2019) 063
[4] D.N. Page, Phys. Rev. Lett. 71 (1993) 3743
[5] Y. Matsuo, JHEP12 (2023) 050
[6] J.G. Russo, L. Susskind, and L. Thorlacius, Phys. Rev. D46 (1992) R1005
[7] A. Ishibashi, Y. Matsuo, A. Tanaka, arXiv:2403.19136[hep-th]

 

講演c-8: Analogue Gravityを用いた裸の特異点を持つ時空のモデル化

講演者名: 塙 正之、所属: 東京学芸大学、学年: M1

ブラックホールは非常に高密度な天体であり、光すら脱出できないホライゾンと呼ばれる境界を持つ。そのためブラックホール内部は直接観測できない。こうした中、ブラックホールを直接観測しようとするのではなく、何らかの物理現象との類似性からブラックホールの性質を探ろうとする、Analogue Gravityと呼ばれる分野が発展している。例えば、光と音の類似性を利用してブラックホール時空を再現するモデルには、ラバール管に空気を流し超音速流を作り出すというものがある。 ラバール管は太さが一定でない管で、細い部分では空気の流れが速くなる。そして、空気の流れが音速を超え超音速流になると、上流域に音が伝播しなくなり、音にとっての「ブラック」ホールになる。特に、1981年にUnruhが Klein-Gordon方程式と流体の関係づけを提案してから[1]、様々なセットアップで重力の効果をモデル化する提案がなされ、実験も行われてきた。この流れの中、Oliveiraらによって、静的球対称なブラックホールに対応する Schwarzschild 時空をはじめ、いくつかのブラックホール時空を流体と対応づける方法が開発された [2,3]。この方法は従来からわかっていたブラックホール周りでの光の軌跡だけでなく、粒子の運動もモデル化できる方法である。 本研究ではOliveiraらの方法に倣い、JNWW時空を流体でモデル化することを考え、Schwarzschild時空の場合と比較した。JNWW時空は静的球対称な時空であるが、同じく静的球対称なブラックホールを表す Schwarzschild時空とは違い、裸の特異点を持つ。特異点とは密度や圧力などの物理量が発散する点であり、通常はホライゾンの内側に隠されていると考えられている。裸の特異点とは、この特異点がむき出しになったものである。この時空を流体でモデル化するために必要な流体の密度や速度場などを求め、その正当性を確かめるため、流速と光速の大小関係や潮汐力に注目した。
[1] W. Unruh, “Experimental Black-Hole Evaporation?”, Phys. Rev. Lett. 46, 1351 (1981). [2] C. Oliveira et al., “Analogue models for Schwarzschild and Reissner-Nordstrom spacetimes”, Phys. Rev. 104, 024036 (2021).
[3] C. Oliveira and R. Mosna, “Analog model for the BTZ black hole” Phys. Rev. 106, 064030 (2022).

 

講演c-9: 宇宙項を持つ (1+1)次元ブラックホールの準固有振動について

講演者名: 鬼澤 宥人、所属: 東京学芸大学、学年: M1

ブラックホールは宇宙に存在する、高密度で重力が非常に強い天体である。そのため光も脱出することができない領域が存在し、その境界を事象の地平面 (ホライゾン) と呼ぶ。また、ブラックホールの中心には特異点と呼ばれる点が存在すると考えられている。特異点は物質の密度や空間の曲がり具合を表す曲率という量が無限大に発散してしまっている点で、そこでは一般相対性理論などに基づく物理法則が破綻してしまうと考えられている。こうしたブラックホールの内部構造を観測することは難しい。なぜなら、事象の地平面の内部から電磁波 (光) が出てくることはできないため、事象の地平面の外に内部の情報を伝えることができず、直接ブラックホール内部を観測することができないからである。
この問題を解決する方法の一つとしてブラックホールの準固有振動を用いる方法がある。準固有振動とはブラックホールに微小な揺らぎ (摂動) を加えた時に生じる波の一種であり、ブラックホールの安定性などを調べることができる。準固有振動はブラックホール内部の様子に応じて変化するため内部の構造を知ることができる可能性があり、近年盛んに研究されている。こうした流れの中で、Bhattacharjee らは (1+1) 次元ブラックホールの準固有振動を求めた [1]。(1+1) 次元とは空間 1 次元、時間 1 次元のことを指す。一般相対性理論から、重力の本質は時空の曲がりであることが分かっているが、(1+1) 次元時空はその効果が現れる最も次元の低い時空である。そのため (1+1) 次元ブラックホールは通常の (3+1)次元ブラックホールに関連する情報を引き抜くために有効なケーススタディになると期待されている。
本研究では、宇宙項が時空に存在する場合に注目した[2]。宇宙項は宇宙論的観測から存在が示唆されている量で、真空のエネルギーとして働くと考えられている。その量が (1+1)
次元ブラックホールの準固有振動に与える影響を議論する。

[1] S. Bhattacharjee et al., “Scalar perturbations of black holes in Jackiw-Teitelboim gravity”, Phys. Rev. D103, 024008 (2021).
[2] J. Mureika and P. Nicolini,“Aspects of noncommutative (1+1)-dimensional black holes,” Phys. Rev. D84, 044020 (2011).

 

講演c-10: 非整数階微積分のフラクタル図形との関係および物理現象へのその応用

講演者名: 小林 弘太郎、所属: 東京学芸大学、学年: M1

非整数階微積分は1/2階の微分や2^0.5階の積分など、整数ではない任意の実数階で微積分を行えるようにしたものである。この非整数階微積分は数学の分野ではライプニッツの時代から約300年研究されている歴史ある計算であるが、物理現象への応用は約30年ほどの短い歴史しかない。近年急速に様々な適用が進んだ背景には、フラクタル幾何学の発展により非整数次元との関係が見つかったことにある。そして現在、非整数階微積分は人間の皮膚への薬物の浸透の解析や大気汚染の広がりの解析など、様々な分野で活用され、その有効性が明らかになりつつある[1,2]。
また量子重力理論では、微視的なスケールで時空は最小の構造を持ち、そのスケールより小さいスケールでは時空の有効次元が低下することが示唆されている[3]。そしてブラックホール時空の特異点付近での物質の運動や初期宇宙の発展の様子を精密に記述するために非整数階微積分が活用されている[4,5]。
しかし非整数階微積分の定義はいくつも存在しており、どの定義をどの現象へ適用するべきかは自明ではない[6]。これは定義ごとに演算の性質が異なることに由来している。例えば通常の微分で成り立つ積の微分則や合成関数の微分則が成り立たないタイプの非整数階微積分も存在し、既に解が知られている現象に非整数階微積分を適用したとしても解析解を得られるかも定かではない。このような問題に対して、通常の微積分が持つ法則を多く残した非整数階微分として、conformable 微分が提案された[7]。本発表ではこのconformable 微分と次元の関係をフラクタル図形と関連付けて議論する。またconformable 微分を物理現象へ適用し、通常の微分の場合と比較しながら、conformable 微分の特性についても議論する。

参考文献
[1] H. Zhou {\it et al}., “Conformable derivative approach to anomalous diffusion”, Physica A 491 (2018) 1001-1013.
[2] 島本憲夫, “非整数階微分による異常拡散のモデル化について(その1)”, 数理解析研究所講究録, 第1810巻, 59-84 (2012).
[3] G. Calcagni., “Multifractional theories : an conventional review ”, Journal of High Energy Physics, 1703 (2017) 138.
[4] A. Di Teodoro and E. Contreras, “ A vacuum solution of modified Einstein equations based on fractional calculus ”, Eur. Phys. J. C 83 (2023) 434.
[5] M A. Garcia Aspeitia, “Cosmology under the fractional calculus approach ”, MNRAS 517, 4813–4826 (2022).
[6] D. Valerio {\it et al}., “How many Fractional Derivatives Are There?”, Mathematics, 10 (2022), 737.
[7] R. Khalil {\it et al}., “A new definition of fractional derivative”, J. Comput. Appl. Math. 264 (2014) 65-70.

 

講演c-11: ベクトルテンソル理論の低エネルギー有効理論におけるブラックホール摂動

講演者名: 富塚 祥伍、所属: 京都大学、学年: M2

現在、この宇宙は加速膨張していることが知られている。この加速膨張を一般相対論(GR)で説明するには、ダークエネルギー(DE)という未知の要素が必要だと考えられている。しかし、GRが大スケールで成り立っている保証はなく、GRを考える代わりに、GRを修正した理論(修正重力)を考えることもできる。今日、様々な修正重力が提案されているが、その候補として、GRにベクトルの自由度を入れた、ベクトルテンソル理論がある。しかし、ベクトルの自由度によって加速膨張を引き起こすモデルは多くあるため、観測からモデルを制限する必要がある。この際に強力な手法となるのが低エネルギー有効理論(EFT)[1]である。EFTでは、対称性の自発的破れのパターンを決めることで、低エネルギーで有効な作用の形を一般的に決めることができる。この作用を書き下す際に、EFTパラメータと呼ばれるものを導入して観測量を導出することで、観測との比較からそのパラメータに制限をかけることができる。
[1]では一様等方な背景時空を考えていたが、これを拡張した[2]では、任意の背景時空に対して、時間的なベクトル場が時間方向の一般座標変換とU(1)対称性の破れを引き起こす際のEFTが定式化された。このとき、背景時空をブラックホール(BH)時空とすることで、EFTにおけるBH摂動を考えることができる。しかし現状、ベクトルテンソル理論のEFTにおけるBH摂動は定式化されていない。
本ポスター発表ではまず、[1]、[2]に基づき任意の背景時空におけるEFTの構成をレビューする。更に自身の研究として、静的球対称BH背景時空の下での、パリティ奇成分のブラックホール摂動を定式化し、一般相対論からのずれなどを議論する。

1. Katsuki Aoki et al., JCAP 01(2022)059
2. Katsuki Aoki et al., JCAP 03(2024)012

 

講演c-12: 帯電した球対称シェルのライスナーノルドシュトロム時空上での運動

講演者名: 山崎 幹太、所属: 大阪公立大学、学年: M2

本発表では[1]の内容についてレビューを行う。BHの周りには荷電粒子が分布しているが、BHが少し帯電したとしてもすぐに逆の電荷を持つ粒子によって打ち消されると考えられてきた。しかし、BH周りの磁場構造と陽子と電子の質量差によりISCO半径に違いが生じ、BHがある程度まで帯電するのではないかということが議論されている。
そこで、本発表ではBH周りの物質を帯電した球対称シェルとして、どのような場合に物質がBHに落ちて、どの程度帯電するかについて考える。ただし、磁場は考えないこととし、BHは静的球対称かつ帯電したライスナーノルドシュトロムBHを考える。すると、シェルの運動は荷電粒子の場合と同様な方法で、動径方向の1次元有効ポテンシャルの問題として議論することができる。また、本発表では簡単のためにダストシェルを主に考えるが、完全流体型のシェルについても議論したい。さらに、ライスナーノルドシュトロム解のゲージ場とシェルによるゲージ場が同様な場合と異なる場合についても、シェルの運動を考える。
[1] Ken-ichi Nakao , Chul-Moon Yoo , and Tomohiro Harada, arXiv:1809.00124

 

講演c-13: ハッブル宇宙望遠鏡による近赤外撮像データから探る宇宙背景放射の起源

講演者名: 當銘 優斗、所属: 九州工業大学、学年: D1

宇宙背景放射とは、銀河系外のあらゆる光の積算であり、宇宙初期に関する重要な情報を含む。過去の研究で、可視光・近赤外宇宙背景放射の絶対輝度、空間ゆらぎに、既知の系外銀河の積算光では説明できない未知成分が観測されている。
これまでの、ハッブル宇宙望遠鏡による空間ゆらぎ観測では、10-130秒角の空間スケールに、既知の天体では説明できない過剰なゆらぎが発見された。先行研究では、最も深い画像である、XDF(Hubble eXtream Deep Field)を用いて可視域におけるゆらぎ強度が測定され、10-20秒角の空間スケールで、過去の研究と比べ高いゆらぎ強度を観測した。しかし、近赤外域においては、XDF 画像生成時における地球照補正の過程でゆらぎが消失したとし、解析がなされなかった。
本研究では、近赤外 XDF 画像の元データに立ち返り解析を行うことで、 近赤外域における最も深いゆらぎ強度を測定した。その結果、先行研究で可視域10-20秒角に発見された、過去研究に比べ高いゆらぎ強度は近赤外域では観測されなかった。しかし、40-130秒角のゆらぎ強度スペクトルが、銀河拡散光のスペクトルと類似することを発見し、本角度スケールの空間ゆらぎにおいて、銀河拡散光が支配的である示唆を得た。今後、近赤外域10-20秒角スケールにおける銀河拡散光による寄与、ゆらぎの起源について議論する。

 

講演c-14: 蒸発しきらない正則ブラックホールの時空構造について

講演者名: 末藤 健介、所属: 大阪公立大学、学年: D2

情報損失問題は多くの理論物理学者が頭を抱える問題である.これはHawking がSchwarzschild ブラックホールの蒸発を考えた際に直面した,ブラックホール蒸発後にそれ以前の事象に対する予言能力が失われるという問題である.この問題を解決するためにAdS/CFT対応を筆頭とする多くの研究が行われている.

私は情報損失問題において曲率特異点が中心的な役割を果たしていることに注目し,曲率特異点が解消されたブラックホール(正則ブラックホール)と情報損失問題の関係について研究している. 正則ブラックホールが蒸発しきる状況下での情報損失問題はこれまでに研究しており,情報損失問題が生じない時空構造であることがわかっている.しかし正則ブラックホールはStephan-Boltzmann の法則下で蒸発しきらないことが指摘されているため,蒸発しきらない正則ブラックホールについて研究を行っており,今回はその時空構造について発表する.

これまで正則ブラックホールに関する研究は特定のモデルの下での研究というものが多かった中,本研究では特定のブラックホールモデルを仮定することなく蒸発しきらない正則ブラックホールの時空構造を完全に分類することができた.

 

講演c-15: 一様磁場中のシュバルツシルトブラックホールにおける帯電有質量スカラー場のQuasi-normal mode不安定性について

講演者名: 大西 翔太、所属: 大阪公立大学、学年: M2

アインシュタインの一般相対性理論から予言されるブラックホールや、そのリングダウン重力波の候補とされるQuasi-normal modeの研究は、ブラックホールの形質や性質をはじめ宇宙の成り立ちや様々な天体現象の解明にも寄与すると考えられている。
今回レビューを行う先行研究[1]では、簡単のため静的・球対称であるシュバルツシルトブラックホールを一様磁場中においた際の帯電有質量スカラー場について研究している。これをWKBやLeaverの方法を用いて近似的に解析しており、その結果として、ある多重極数lに対して2l+1のゼーマン効果によるモードが存在することや、Quasi-normal modeがある有効質量の閾値を超えると消滅、または磁場の強度とそれに対応する方位数mとの大小関係によって不安定性が発生することがあるとしている。
私の研究では上記の結果についてのレビューと、近似を用いたこのような事象の妥当性について疑問が存在するため、これを三次元シミュレーションを用いて解析した結果と比較し検討していく。
[1] Bobur Turimov 他, Phys. Rev. D 100, 084038 (2019) Quasinormal modes of magnetized black hole

 

講演c-16: 回転ワームホールとブラックホールの関係

講演者名: 上道 恵也、所属: 名古屋大学、学年: D1

ワームホール時空とは2つの異なる宇宙または同じ宇宙の異なる2点を繋ぐ構造をもつ時空であり,その繋げている領域をスロートと呼ぶ.古典重力理論において大きな成功を収めた一般相対性理論は,重力場を時空構造の変化として捉え, ワームホール時空の存在を許容する.
実際,MorrisとThorneは一般相対性理論の基礎方程式であるEinstein方程式を用いて「通過可能」な静的球対称ワームホール時空を導きだした.この際に用いられる物質場は古典的な物質に備わっていると期待されるエネルギー条件を満たしていない.一方,上記の解が持っていた静的という仮定を外し,定常回転するワームホール時空を構成する試みがある.
しかし,通常の4次元時空では,回転時空は静的球対称時空に比べ対称性が低く, 解を得るためのEinstein方程式は偏微分方程式となり,扱いが比較的困難となる.そこで,先行研究[Dzhunushaliev(2013)]では二つの独立な角運動量が等しい5次元時空における定常回転ワームホール時空解を求めた.この回転時空は高い対称性を持ち,静的球対称時空と同様にEinstein方程式を常微分方程式に帰着させることで,技術的な困難を回避している.
[Dzhunushaliev(2013)]では角運動量の大きな極限で5次元臨界回転ブラックホール解に漸近することが示唆された.本発表では,先行研究では示唆の域であったこの関係を明らかにするため,それらの計量を比較する.また,解析的にワームホールの回転の効果を見る.